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うひ山ぶみ / 注[ロ]かのしなじなある学びのすぢすぢ

すくなし、これも後世の書ども、いとあまたあれども、まづ古書よりよく考ふべし、此古書は、まづ延喜式など也、さては西宮記北山抄、此二書は、裝束調度などの學のみにはかぎらず、律令官職儀式、其外の事、いづれにもわたりて、おほよそ朝廷のもろもろの事をしるされたり、かならずよくよむべき書なり、さて件のしなじなの學問いづれもいづれも、古ヘざまの事は、六國史に所々其事どもの出たるを、よく參考すべし、又中古以來のことは、諸家の記錄どもなどに、散出したるを、參考すべし、さて哥まなびの事は、下に別にいへり、むかし四道の學とて、しなじなの有しは、みな漢ざまによれる學びなれば、こゝに論ずべきかぎりにあらず、四道とは、紀傳明經明法算道これ也、此中に明法道といふは、律令などの學問なれば、上にいへると同じけれど、昔のは、その實事にかゝりたれば、今の世のたゞ書のうへの學のみなるとは、かはり有リ、さてなほ外國の學は、儒學佛學其外、殊にくさぐさ多くあれども、皆よその事なれば、今論ずるに及ばず、吾は、あたら精力を、

新字:すくなし、これも後世の書ども、いとあまたあれども、まづ古書よりよく考ふべし、此古書は、まづ延喜式など也、さては西宮記北山抄、此二書は、装束調度などの学のみにはかぎらず、律令官職儀式、其外の事、いづれにもわたりて、おほよそ朝廷のもろもろの事をしるされたり、かならずよくよむべき書なり、さて件のしなじなの学問いづれもいづれも、古ヘざまの事は、六国史に所々其事どもの出たるを、よく参考すべし、又中古以来のことは、諸家の記録どもなどに、散出したるを、参考すべし、さて歌まなびの事は、下に別にいへり、むかし四道の学とて、しなじなの有しは、みな漢ざまによれる学びなれば、こゝに論ずべきかぎりにあらず、四道とは、紀伝明経明法算道これ也、此中に明法道といふは、律令などの学問なれば、上にいへると同じけれど、昔のは、その実事にかゝりたれば、今の世のたゞ書のうへの学のみなるとは、かはり有リ、さてなほ外国の学は、儒学仏学其外、殊にくさぐさ多くあれども、皆よその事なれば、今論ずるに及ばず、吾は、あたら精力を、

書き下し

すくなし、これも後世の書ども、いとあまたあれども、まづ古書よりよく考ふべし、此古書は、まづ延喜式など也、さては西宮記北山抄、此二書は、装束調度などの学のみにはかぎらず、律令官職儀式、其外の事、いづれにもわたりて、おほよそ朝廷のもろもろの事をしるされたり、かならずよくよむべき書なり、さて件のしなじなの学問いづれもいづれも、古ヘざまの事は、六国史に所々其事どもの出たるを、よく参考すべし、又中古以来のことは、諸家の記録どもなどに、散出したるを、参考すべし、さて歌まなびの事は、下に別にいへり、むかし四道の学とて、しなじなの有しは、みな漢ざまによれる学びなれば、こゝに論ずべきかぎりにあらず、四道とは、紀伝明経明法算道これ也、此中に明法道といふは、律令などの学問なれば、上にいへると同じけれど、昔のは、その実事にかゝりたれば、今の世のたゞ書のうへの学のみなるとは、かはり有リ、さてなほ外国の学は、儒学仏学其外、殊にくさぐさ多くあれども、皆よその事なれば、今論ずるに及ばず、吾は、あたら精力を、

現代語訳

少ない。これも後世の書物がたいへん多くあるけれども、まず古書からよく考えるべきである。この古書とは、まず『延喜式』などである。それから『西宮記』『北山抄』、この二書は装束・調度などの学問だけに限らず、律令・官職・儀式その他の事のいずれにもわたって、おおよそ朝廷のさまざまな事を記されている。必ずよく読むべき書である。さて、先に挙げたさまざまな学問は、どれもこれも、古代の事は六国史のところどころにその事柄が出ているのを、よく参考にすべきである。また中古以来のことは、諸家の記録などに散らばって出ているのを参考にすべきである。さて歌の学びの事は、下に別に述べた。昔、四道の学といってさまざまな種類があったのは、みな漢風に拠った学びなので、ここで論ずべき範囲ではない。四道とは紀伝・明経・明法・算道がこれである。このうち明法道というのは律令などの学問なので、上に述べたものと同じであるが、昔のものはその実務に関わっていたので、今の世のただ書物の上だけの学問とは違いがある。さてなお外国の学問は、儒学・仏学そのほか、ことに種々多くあるけれども、みな他所の事なので、今論ずるには及ばない。私は、惜しい精力を

解説

装束・調度の学についても、宣長は後世の書より先に古書を読めと説き、『延喜式』、源高明の『西宮記』、藤原公任の『北山抄』を挙げる。後の二書は装束に限らず朝廷の諸事全般に及ぶから必読だという。さらに、どの分野でも古代の事は六国史、中古以後は諸家の記録に散らばった記事を拾えと、史料の探し方まで示している。ここで宣長は大学寮の四道(紀伝・明経・明法・算道)を、漢風の学びだとして論の外に置く。明法道も律令の学ではあるが、昔は実務と結びついていた点で、今の書物の上だけの学問とは違うと言い添える。知識が実際の務めに使われていたかどうかを見分ける目は鋭い。自分の学びは、書物の上だけで完結していないだろうか。

この章句が説くこと

古書延喜式六国史四道有職故実

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