うひ山ぶみ / 第三十一段
次に延喜式、姓氏錄、和名抄、貞觀儀式、出雲國ノ風土記、釋日本紀、令、西宮記、北山抄、さては己が古事記傳など、おほかたこれら、古學の輩の、よく見ではかなはぬ書ども也、
新字:次に延喜式、姓氏録、和名抄、貞観儀式、出雲国ノ風土記、釈日本紀、令、西宮記、北山抄、さては己が古事記伝など、おほかたこれら、古学の輩の、よく見ではかなはぬ書ども也、
書き下し
次に延喜式、姓氏録、和名抄、貞観儀式、出雲国ノ風土記、釈日本紀、令、西宮記、北山抄、さては己が古事記伝など、おほかたこれら、古学の輩の、よく見ではかなはぬ書ども也、
現代語訳
次に『延喜式』『新撰姓氏録』『和名抄』『貞観儀式』『出雲国風土記』『釈日本紀』『令』『西宮記』『北山抄』、さらには自分の『古事記伝』など、おおよそこれらは、古学の人々がよく見なければならない書物である。
解説
制度・地誌・辞書・儀式書といった、狭義の古典ではない資料群を並べる。文学作品や史書だけでなく、法令集や辞書まで読まねばならないという指示である。奥の注では『釈日本紀』について、それ自体の説は幼稚だが、今は伝わらない古書を引用している点に価値があると評価し、失われた諸国の風土記はこの書と仙覚の万葉抄に引かれた部分だけが残っている、と説明する。二次的な資料を、その中に保存された一次資料のために使う。この使い分けは史料を扱う基本である。なお宣長は最後に自著『古事記伝』を並べ、おこがましいが他にないので、と奥の注で断っている。

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延喜式基礎資料釈日本紀古事記伝逸文
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