うひ山ぶみ / 注[ロ]かのしなじなある学びのすぢすぢ
これらのところをもよく心得べし、さて官職儀式の事は、これももろこしによられたる事共も、おほくあれども、さのみから書に力をもちひて、考ふることはいらざれば、律令とはことかはれり、官職のことは、職員令をもととして、つぎつぎに明らむべし、世の學者、おほく職原抄を主とする事なれども、かの書は、後世のさまを、むねとしるされたる如くなるが、朝廷のもろもろの御さだめも、御世御世を經るまゝに、おのづから古ヘとは變り來ぬる事ども多ければ、まづその源より明らむべき也、なほ官職の事しるせる、後世の書いと多し、もろもろの儀式の事は、貞觀儀式弘仁の內裏式などふるし、其外江家次第、世におしなべて用ふる書なり、されどこれも、古ヘとはやゝかはれる事ども多し、貞觀儀式などと、くらべ見てしるべし、ちかく水戶の禮儀類典、めでたき書なれども、ことのほか大部なれば、たやすくよみわたしがたし、さて裝束調度などのことは、世にこれをまなぶ輩、おほくは中古以來の事をのみ穿鑿して、古ヘへさかのぼりて考る人は、
新字:これらのところをもよく心得べし、さて官職儀式の事は、これももろこしによられたる事共も、おほくあれども、さのみから書に力をもちひて、考ふることはいらざれば、律令とはことかはれり、官職のことは、職員令をもととして、つぎつぎに明らむべし、世の学者、おほく職原抄を主とする事なれども、かの書は、後世のさまを、むねとしるされたる如くなるが、朝廷のもろもろの御さだめも、御世御世を経るまゝに、おのづから古ヘとは変り来ぬる事ども多ければ、まづその源より明らむべき也、なほ官職の事しるせる、後世の書いと多し、もろもろの儀式の事は、貞観儀式弘仁の内裏式などふるし、其外江家次第、世におしなべて用ふる書なり、されどこれも、古ヘとはやゝかはれる事ども多し、貞観儀式などと、くらべ見てしるべし、ちかく水戸の礼儀類典、めでたき書なれども、ことのほか大部なれば、たやすくよみわたしがたし、さて装束調度などのことは、世にこれをまなぶ輩、おほくは中古以来の事をのみ穿鑿して、古ヘへさかのぼりて考る人は、
書き下し
これらのところをもよく心得べし、さて官職儀式の事は、これももろこしによられたる事共も、おほくあれども、さのみから書に力をもちひて、考ふることはいらざれば、律令とはことかはれり、官職のことは、職員令をもととして、つぎつぎに明らむべし、世の学者、おほく職原抄を主とする事なれども、かの書は、後世のさまを、むねとしるされたる如くなるが、朝廷のもろもろの御さだめも、御世御世を経るまゝに、おのづから古ヘとは変り来ぬる事ども多ければ、まづその源より明らむべき也、なほ官職の事しるせる、後世の書いと多し、もろもろの儀式の事は、貞観儀式弘仁の内裏式などふるし、其外江家次第、世におしなべて用ふる書なり、されどこれも、古ヘとはやゝかはれる事ども多し、貞観儀式などと、くらべ見てしるべし、ちかく水戸の礼儀類典、めでたき書なれども、ことのほか大部なれば、たやすくよみわたしがたし、さて装束調度などのことは、世にこれをまなぶ輩、おほくは中古以来の事をのみ穿鑿して、古ヘへさかのぼりて考る人は、
現代語訳
これらのところもよく心得るべきである。さて官職・儀式の事は、これも中国に拠られた事柄が多くあるけれども、それほど漢籍に力を用いて考える必要はないので、律令とは事情が異なる。官職のことは、職員令をもととして順々に明らかにすべきである。世の学者は多く『職原抄』を主とするけれども、あの書は後世の有様を主として記されたもののようであり、朝廷のさまざまなお定めも、御代御代を経るにつれて自然と古代とは変わってきた事が多いので、まずその源から明らかにすべきである。なお官職の事を記した後世の書はたいへん多い。さまざまな儀式の事は、『貞観儀式』や弘仁の『内裏式』などが古い。そのほか『江家次第』は世に広く用いられる書である。しかしこれも古代とはやや変わった事が多い。『貞観儀式』などと比べて見て知るべきである。近くは水戸の『礼儀類典』はすばらしい書であるが、ことのほか大部なので、たやすく読み通しがたい。さて装束・調度などのことは、世にこれを学ぶ者の多くは、中古以来の事ばかりを詮索して、古代へさかのぼって考える人は
解説
この章句が説くこと
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うひ山ぶみ・注[ロ]かのしなじなある学びのすぢすぢすくなし、これも後世の書ども、いとあまたあれども、まづ古書よりよく考ふべし、此古書は、まづ延喜式など也、さては西宮記北山抄、此二書は、装束調度などの学のみにはかぎらず、律令官職儀式、其外の事、いづれにもわたりて、おほよそ朝廷のもろもろの事をしるされたり、かならずよくよむべき書なり、さて件のしなじなの学問いづれもいづれも、古ヘざまの事は、六国史に所々其事どもの出たるを、よく参考すべし、又中古以来のことは、諸家の記録どもなどに、散出したるを、参考すべし、さて歌まなびの事は、下に別にいへり、むかし四道の学とて、しなじなの有しは、みな漢ざまによれる学びなれば、こゝに論ずべきかぎりにあらず、四道とは、紀伝明経明法算道これ也、此中に明法道といふは、律令などの学問なれば、上にいへると同じけれど、昔のは、その実事にかゝりたれば、今の世のたゞ書のうへの学のみなるとは、かはり有リ、さてなほ外国の学は、儒学仏学其外、殊にくさぐさ多くあれども、皆よその事なれば、今論ずるに及ばず、吾は、あたら精力を、
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うひ山ぶみ・第二十九段まづ道をしるべき学びは、大抵上ノ件リの書ども也、然れども書紀より後の、次々の御代々々の事も、しらでは有べからず、其書どもは、続日本紀、次に日本後紀、つぎに続日本後紀、次に文徳実録、次に三代実録也、書紀よりこれまでを合せて六国史といふ、みな朝廷の正史なり、つぎつぎに必ズよむべし、
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うひ山ぶみ・第三十一段次に延喜式、姓氏録、和名抄、貞観儀式、出雲国ノ風土記、釈日本紀、令、西宮記、北山抄、さては己が古事記伝など、おほかたこれら、古学の輩の、よく見ではかなはぬ書ども也、
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うひ山ぶみ・注[ル]御世々々の宣命にはすべて宣命にはかぎらず、何事にもせよ、からめきたるすぢをはなれて、皇国の上代めきたるすぢの事や詞は、いづれの書にあるをも、殊に心をとどめて見るべし、古ヘをしる助ケとなること也、釈日本紀、此書は後の物にて、説もすべてをさなけれども、今の世には伝はらぬ古書どもを、これかれと引出たる中に、いとめづらかに、たふときことどもの有也、諸国の風土記なども、みな今は伝はらざるに、此書と仙覚が万葉の抄とに、引出たる所々のみぞ、世にのこれる、これ殊に古学の用なり、又むかしの私記どもも、皆亡ぬるを、此釈には、多く其説をあげたり、私記の説も、すべてをさなけれども、古き故に、さすがに取ルべき事もまゝある也、さて六国史をはじめて、こゝに挙たる書共いづれも、板本も写本も、誤字脱文等多ければ、古本を得て、校正すべし、されど古本は、たやすく得がたきものなれば、まづ人の校正したる本を、求め借りてなりとも、つぎつぎ直すべき也、さて又ついでにいはむ、今の世は、古ヘをたふとみ好む人おほくなりぬるにつきては、
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うひ山ぶみ・注[イ]世に物まなびのすぢしなじな有てその心をもて、漢某唐某といふべく、皇国の事は、内の事なれば、分て国の名をいふべきにはあらざるを、昔より世の中おしなべて、漢学をむねとするならひなるによりて、万ヅの事をいふに、たゞかのもろこしを、みづからの国のごとく、内にして、皇国をば、返りて外にするは、ことのこゝろたがひて、いみじきひがこと也、此事は、山跡魂をかたむる一端なる故に、まづいふなり、かのしなじなある学びのすぢすぢ云々、これははじめにいへるしなじなの学問のことなるが、そのしなじな、いづれもよくしらではかなはざる事どもなり、そのうち律令は、皇朝の上代よりの制と、もろこしの国の制とを合せて、よきほどに定められたる物なれども、まづはもろこしによれることがちにして、皇国の古ヘの制をば、改められたる事多ければ、これを学ぶには、其心得あるべく、又此すぢのからぶみをよく明らめざれば、事ゆかぬ学問なれば、奥をきはめんとするには、から書の方に、力を用ふること多くて、こなたの学びのためには、功の費も多き也、
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うひ山ぶみ・注[ヘ]初学のともがらは宣長が著したる返て大に道を害することのみ也、されば今、道のために、見てよろしきは、一つもあることなし、さりとて又初学のともがら、いかほど力を用ふとも、二典の本文を見たるばかりにては、道の趣、たやすく会得しがたかるべし、こゝにわが県居ノ大人は、世の学者の、漢意のあしきことをよくさとりて、ねんごろにこれをさとし教へて、盛ンに古学を唱へ玉ひしかども、其力を万葉集にむねと用ひて、道の事までは、くはしくは及ばれず、事にふれては、其事もいひ及ぼされてはあれども、力をこれにもはらと入れられざりし故に、あまねくゆきわたらず、されば道のすぢは、此大人の説も、なほたらはぬこと多ければ、まづ速に道の大意を心得んとするに、のり長が書共をおきて外に、まづ見よとをしふべき書は、世にあることなければ也、さる故に下には、古事記伝をも、おほけなく古書共にならべて、これをあげたり、かくいふをも、なほ我慢なる大言のやうに、思ひいふ人もあるべけれど、さやうに人にあしくいはれんことをはゞかりて、おもひとれるすぢを、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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