天の岩戸(天岩戸・天の石屋戸)は、日本神話のなかでもいちばんよく知られた話の一つです。太陽の神である天照大御神が岩屋に籠もってしまい、世界が真っ暗になる。困った神々が知恵を出し合い、踊りと笑いで女神を外へ誘い出す――筋はこれだけです。

ところが、『古事記』の原文で読み直すと、この話は「危機に陥った組織が、どう立て直したか」の記録として、驚くほど細かく書かれています。誰が集まり、誰が考え、誰が何を作り、誰が最後に手を引いたのか。そして、事が収まったあと、原因をどう処理したのか。

この記事では、天の岩戸の場面を『古事記』の原文で順にたどり、日本の帝王学の一場面として読んでいきます。統治の芯にある「しらす」という考え方については、日本の帝王学とはで扱いました。

天の岩戸のあらすじ(三行で)

まず全体をつかんでおきます。

  1. 弟の須佐之男命の乱暴がやまず、姉の天照大御神は天の石屋(岩屋)に籠もって戸を閉ざした。高天原も地上も闇になり、災いが次々に起こった。
  2. 八百万の神々は天の安の河原に集まり、思金神に策を考えさせた。鏡や玉を作り、祝詞を上げ、天宇受売命が踊ると、神々はどっと笑った。
  3. 不思議に思って戸を少し開けた天照大御神に鏡を見せ、隠れていた天手力男神がその手を取って引き出した。世界に光が戻り、須佐之男命は罪を負って追放された。

以下、この三つの段を原文で読みます。

なぜ天照大御神は籠もったのか――中心が消えると全体が止まる

須佐之男命は、姉との「うけい(誓約)」のあと、自分が勝ったと言い立てて、田の畔を壊し、祭りの御殿を汚しました(この経緯はうけい(誓約)とはで読みます)。天照大御神は初め、「酔ってしたことだろう」と弟をかばいます。それでも乱暴はやまず、機織りの女が命を落とす事件が起きて、ついに女神は岩屋に籠もります。

故ここに天照大御神見畏(かしこ)み、天の石屋戸を閉(さ)して刺し許母理(こもり)坐しき。ここに高天原皆暗く、葦原中国ことごとに闇し。これによりて常夜(とこよ)往く。ここに万(よろづ)の神の声は、狭蠅(さばへ)なす皆満ち、万(よろづ)の妖(わざはひ)ことごとに発(おこ)りき。

天照大御神が石屋の戸を閉じて籠もると、高天原はすっかり暗くなり、地上の葦原中国も闇に覆われた。夜ばかりが続き、神々の騒ぐ声は夏の蠅のように満ち、あらゆる災いが一斉に起こった――。

この場面がまず示すのは、中心が一つ欠けただけで、全体が止まってしまうという組織の脆さです。会社に置き換えれば、社長や一人のエースが倒れたとたんに、判断も営業も現場も回らなくなる状態です。「あの人がいるから大丈夫」という安心は、そのまま「あの人がいなければ終わり」という危うさの裏返しです。

もう一つ見ておきたいのは、天照大御神が最初は弟の乱暴をとがめなかったことです。寛容は美徳ですが、是正の時機を逃した寛容は、問題をいちばん重い形で噴き出させます。籠もったのは天照大御神ですが、籠もらせた原因は、早く手を打たなかったことにもありました。

出典:古事記 上巻・天の石屋戸に籠もる

天の安の河原の会議――集まるのは全員、考えるのは一柱

闇の中で神々がまずしたことは、嘆くことでも、誰かを責めることでもありませんでした。集まることです。

ここをもちて八百万の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、高御産巣日神の子思金神に思はしめて、常世の長鳴鳥を集めて鳴かしめて、天の安河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄(くろがね)を取りて、鍛人(かぬち)天津麻羅を求めて、伊斯許理度売命に科(おほ)せて鏡を作らしめ、

八百万の神は天の安の河原に集まり、高御産巣日神の子である思金神に考えさせた。そして常世の長鳴鳥を集めて鳴かせ、河上の堅い岩と天の金山の鉄を取り、鍛冶の天津麻羅を探し出し、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせた――。

ここには会議の作法がはっきり書かれています。集まるのは八百万の神、つまり全員です。しかし、策を考える役は一柱に任せています。「思金」という名は、多くの人の思いを一つに兼ねる、という意味に解かれます。全員で話し合うことと、考える責任者を決めることを、混同していないのです。

会議に全員を呼んだのに、誰が考えるのかを決めないまま時間だけが過ぎる。現代の組織でよくある光景ですが、神々の会議はその逆をやっています。集まって情報を出し、考える人を決め、決まった策を各自が持ち場に持ち帰る。危機のときほど、この順序が効きます。

同じ天の安の河原の会議は、このあと国譲りの場面でもう一度開かれ、思金神がまた案を出します。日本神話では、大きな事は一人で決めず、集まって議り、知恵のある者に考えさせるのが型になっています。

出典:古事記 上巻・天の石屋戸に籠もる

役割の分担――鏡・玉・祝詞・踊り・力

思金神の策は、一人の英雄に頼るものではありませんでした。鏡を作る神、玉を作る神、占いをする神、榊を立てて飾る神。準備が整うと、それぞれが持ち場に立ちます。

布刀玉命、布刀御幣(ふとみてぐら)と取り持ちて、天見屋命、布刀詔戸言(ふとのりとごと)禱(ほ)き白して、天手力男神、戸の掖(わき)に隠れ立ちて、天宇受売命、天の香山の天の日影を手次(たすき)に繫(か)けて、天の真拆(まさき)を鬘(かづら)として、天の香山の小竹葉(ささば)を手草に結ひて、天の石屋戸に汙気(うけ)伏せて、蹈み登杼呂許志(とどろこし)、神懸(かむがか)りして、胸乳(むなち)を掛き出で、裳緒(もひも)を陰(ほと)に忍し垂れき。

布刀玉命は大きな幣を捧げ持ち、天見屋命は祝詞を唱え、天手力男神は戸の脇に隠れて立つ。天宇受売命は蔓をたすきに掛け、笹の葉を手に持ち、伏せた桶の上で踏み鳴らして、神がかりになって踊った――。(「天見屋命」は底本の字のままで、一般には天児屋命と書かれる神です。)

この場面で、天照大御神を説得しようとする神は一柱もいません。力ずくで戸をこじ開けようとする神もいません。祭りの形を整え、場を作り、最後の一瞬にだけ力を使う段取りになっています。

役割を見てみると、策を立てる者(思金神)、道具を作る者(伊斯許理度売命・玉祖命)、場を清め祈る者(布刀玉命・天見屋命)、注目を集める者(天宇受売命)、決定的な一手を打つ者(天手力男神)が、きれいに分かれています。そして名前の挙がらない大勢の神々が、場を盛り上げる役を担いました。危機を乗り越えたのは、一人のスーパーヒーローではなく、持ち場を分けたチームでした。

出典:古事記 上巻・岩戸開きと天宇受売

笑いが戸を開けた

踊りが最高潮に達したとき、何が起きたか。原文はたった一文です。

ここに高天原動(とよ)みて、八百万の神共に咲(わら)ひき。

高天原が揺れ動くほど、八百万の神がいっせいに笑った。「咲」の字を「わらう」と読ませているのが印象的です。岩屋の中の天照大御神は、これを不思議に思って戸を細めに開け、「私が籠もったから天も地も暗いはずなのに、なぜ天宇受売は楽しげに舞い、神々は笑っているのか」と尋ねます。天宇受売命は「あなた様より貴い神がおいでになったので、喜んでいるのです」と答え、その間に鏡が差し出されます。

閉じこもった人を外に出したのは、理屈でも命令でもなく、外のほうが楽しそうだという空気でした。世界が闇に沈むという最悪の局面で、神々は悲壮な顔で祈り続けることを選ばず、笑いが起きる場を作ることを選んだのです。

組織の危機でも、眉間にしわを寄せることだけが真剣さではありません。深刻な問題ほど、「どうやって乗り越えてやろうか」と前を向ける空気がなければ、人は自分の殻から出てきません。心を閉ざした部下や、意欲をなくしたチームを正面から責めても、戸はかえって固く閉まります。

出典:古事記 上巻・岩戸開きと天宇受売

戻れないようにする――尻久米縄

天照大御神が鏡をよく見ようと少し身を乗り出したところで、隠れていた天手力男神がその手を取って引き出します。話はそこで終わりません。

すなはち布刀玉命、尻久米(しりくめ)縄をその御後方(みしりへ)に控(ひ)き渡して白言ししく、「これより内にな還り入りそ」とまをしき。

布刀玉命はすぐに、天照大御神の後ろに縄を張り渡し、「これより中へはお戻りになれません」と申し上げた。この縄は、注連縄の起こりの一つとして語られます。

ここが段取りのいちばん細かいところです。一度外へ出てきても、また元の状態に戻ってしまえば、すべてがやり直しになります。神々は、出てきた瞬間に戻れない仕組みを用意していました。

組織の改革でも同じです。危機を一度乗り越えても、元のやり方に戻る道が開いたままなら、人も組織も元に戻ります。気持ちを動かすのは笑いでも、それを定着させるのは縄、つまり仕組みです。

出典:古事記 上巻・岩戸開きと天宇受売

事が収まったあと――議って、原因を処理する

光が戻ったあと、神々はもう一度集まります。

ここに八百万の神共に議(はか)りて、速須佐之男命に千位(ちくら)の置戸(おきと)を負せ、また鬚(ひげ)と手足の爪とを切り、祓へしめて、神夜良比(かむやらひ)夜良比岐(やらひき)。

八百万の神々は相談し、須佐之男命に多くの贖いの品を負わせ、髭と手足の爪を切って罪を祓わせ、高天原から追放した――。

危機の対応と、原因の処理を分けているところに注目してください。まず全員で光を取り戻し、そのあとで、原因を作った者の責任を合議で決めています。一人の怒りで処分したのではなく、「議りて」決めたのです。しかも処分は、品物を出させ、身を清めさせるという形を取っています。罰というより、けじめをつけさせて外へ出す、という書き方です。

そして追放された須佐之男命は、出雲で八俣の大蛇を退治し、のちに英雄として語られます。問題を起こした人をどう処分するかは、その人のその後まで含めて考えるべきことなのかもしれません。

出典:古事記 上巻・追放と大気津比売

神々の会議から十七条憲法へ

天の安の河原の会議は、日本の古い統治の心得に、そのままの形で受け継がれています。聖徳太子の作と伝わる十七条憲法は、第一条で「和」を説き、こう続けます。

然(しか)れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事(こと)を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、則(すなわ)ち事理(じり)自(おのずか)ら通(つう)ず。

上に立つ者が和らぎ、下の者と睦まじく、事を論じ合って調和すれば、物事の道理はおのずから通る。そして最後の第十七条は、「夫(そ)れ事(こと)は独断(どくだん)すべからず。必ず衆(しゅう)と与(とも)に宜(よろ)しく論(ろん)ずべし。」――大事は一人で決めず、必ず皆と論じよ、と結ばれます(十七条憲法 第十七条)。

集まって議り、考える者を決め、持ち場を分けて動く。天の岩戸の物語は、この「独断せず、衆と論ずる」統治のいちばん古い姿として読むことができます。十七条の全文は十七条憲法の全文と現代語訳で読めます。

出典:十七条憲法 第一条

結び――岩戸を開けるのは、一人ではない

天の岩戸を経営の話として読むと、教訓はいくつも出てきます。中心が一人だと、その人が欠けたときに全体が止まる。是正を先送りにした寛容は、問題を大きくする。危機には全員で集まり、考える責任者を決め、持ち場を分ける。正面から説得するより、出てきたくなる場を作る。出てきたら、戻れない仕組みを置く。原因の処理は、事が収まってから合議で行う。

なかでも大事なのは、太陽の神でさえ、自分で岩戸を開けたわけではないということです。開けたのは、名前の残る神も残らない神も含めた、八百万の神々の段取りでした。社長が一人で太陽であり続ける必要はありません。社長が籠もってしまう日があっても、組織が自分で光を取り戻せるようにしておくこと。それが、この物語のいちばん実務的な読み方だと思います。

日本の帝王学のシリーズは、このあと「うけい(誓約)」、後継者の決め方、古事記の序文へと続きます。