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玉勝間 / 十四の巻 又

同書に、大御所樣、小身なる侍共に、つねづね御〓訓には、云云、昔よりのたとへに、犬犬三年人一代、人人三年犬一代と申候。犬なりときたなく云はれ、三年しまつ致し候へば、奉公もなり、傍輩に無心も不謂、一代人倫のまじはりにて通り申候。酒宴好振舞ずき致し、むさとつかひ崩し候へば、三年はさてさて、無欲心、きれいなる人やとほめ候へども、やがてすり切、人馬も不持得、人の物をかりて不返、出陣の供も成兼、一代世間に、犬畜生といやしめ被笑候。是を人人三年犬一代と申候。常常酒呑料理ずき致し、武道をわきへ致し候輩は、犬畜生同前なりと申たとへなりと、常常被仰候。

新字:同書に、大御所様、小身なる侍共に、つねづね御〓訓には、云云、昔よりのたとへに、犬犬三年人一代、人人三年犬一代と申候。犬なりときたなく云はれ、三年しまつ致し候へば、奉公もなり、傍輩に無心も不謂、一代人倫のまじはりにて通り申候。酒宴好振舞ずき致し、むさとつかひ崩し候へば、三年はさてさて、無欲心、きれいなる人やとほめ候へども、やがてすり切、人馬も不持得、人の物をかりて不返、出陣の供も成兼、一代世間に、犬畜生といやしめ被笑候。是を人人三年犬一代と申候。常常酒呑料理ずき致し、武道をわきへ致し候輩は、犬畜生同前なりと申たとへなりと、常常被仰候。

書き下し

同じく書に、大御所様、小身なる侍どもに、つねづね御教訓には、云云、昔よりのたとえに、犬犬三年人一代、人人三年犬一代と申し候。犬なりときたなく云われ、三年始末致し候えば、奉公もなり、傍輩に無心も謂わず、一代人倫のまじわりにて通り申し候。酒宴好き振舞好き致し、むさと使い崩し候えば、三年はさてさて、無欲心、きれいなる人やとほめ候えども、やがてすり切れ、人馬も持ち得ず、人の物をかりて返さず、出陣の供も成りかね、一代世間に、犬畜生といやしめ笑われ候。これを人人三年犬一代と申し候。常々酒呑み料理好き致し、武道をわきへ致し候輩は、犬畜生同前なりと申すたとえなりと、常々仰せられ候。

現代語訳

同じ書に、「大御所様(家康)が、身分の低い侍たちに、常々お教えになったことには(中略)、『昔からのたとえに、犬犬三年人一代、人人三年犬一代と申す。犬のようだと汚く言われても、三年倹約をすれば、奉公もでき、同輩に物をねだることもせず、一生人並みの付き合いで通っていける。酒宴好き、ふるまい好きで、むやみに使い崩せば、三年はいやはや欲のない、きれいな人だと褒められるが、やがて財産をすり減らして、人も馬も抱えられず、人の物を借りて返さず、出陣のお供もできなくなり、一生世間に犬畜生と卑しめられ笑われる。これを人人三年犬一代と申すのだ。常々酒を飲み料理を好んで、武道をおろそかにする者どもは、犬畜生同然だというたとえである』と、常々おっしゃった」とある。

解説

徳川家康が小身の侍たちに常々語ったという、倹約の教えを『板坂卜斎覚書』から引いた段である。「犬犬三年人一代、人人三年犬一代」とは、三年のあいだ犬のようにけちだと陰口を言われても倹約すれば一生人並みに暮らせるが、三年気前よく人に振る舞って褒められても、やがて財産を失い一生犬畜生と笑われる、という意味である。家康は、身代を保つことが奉公を続け、いざという時に出陣の供をするための備えであると説き、酒宴や料理にふけって武道を忘れる者を戒めた。倹約を美徳とした家康らしい、実践的な処世訓である。目先の評判のために浪費し、長い人生を苦しくするという戒めは、今の家計や経営にもそのまま当てはまる。

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