玉勝間 / 十四の巻 論語
論語の雍也篇の、朱注に、仲弓蓋未喩夫子可字之意云云と云へり。朱熹、つねに格物致知を〓ふ。しかるに仲弓は孔丘が高弟なるに、いまだ可の字の意をだに喩らぬは、いかでか致知を得む。孔丘が高弟すら、斯くの如くならむには、常人はいかでかこれを得ん。大かた朱學の牽强附會皆かくの如し。
新字:論語の雍也篇の、朱注に、仲弓蓋未喩夫子可字之意云云と云へり。朱熹、つねに格物致知を〓ふ。しかるに仲弓は孔丘が高弟なるに、いまだ可の字の意をだに喩らぬは、いかでか致知を得む。孔丘が高弟すら、斯くの如くならむには、常人はいかでかこれを得ん。大かた朱学の牽強附会皆かくの如し。
書き下し
論語の雍也篇の、朱注に、仲弓蓋し未だ夫子の可の字の意を喩らず云云と云えり。朱熹、つねに格物致知を教う。しかるに仲弓は孔丘が高弟なるに、いまだ可の字の意をだに喩らぬは、いかでか致知を得む。孔丘が高弟すら、かくの如くならむには、常人はいかでかこれを得ん。大かた朱学の牽強付会皆かくの如し。
現代語訳
『論語』雍也篇の朱熹の注に、「仲弓はおそらくまだ先生の『可』の字の意味が分かっていなかったのであろう」云々と言っている。朱熹は常に格物致知(物の理を究めて知を極めること)を教えている。ところが仲弓は孔丘の高弟であるのに、まだ「可」の字の意味さえ分かっていないのなら、どうして知を極めることができようか。孔丘の高弟でさえこのようであるなら、普通の人がどうしてこれを得られようか。おおよそ朱子学のこじつけは、みなこのようなものである。
解説
朱子学の中心の教えである「格物致知」を、朱熹自身の『論語』注釈を手がかりに批判した段である。雍也篇で、孔子が子桑伯子を「可なり」と評したのに対し、弟子の仲弓が意見を述べる場面がある。朱熹の『論語集注』はここに、仲弓は孔子の「可」の字の意味をまだ悟っていなかったのだろうと注した。宣長はこれを逆手に取り、孔子の高弟でさえ一字の意味を悟れないのなら、物の理を究めて知を極めるという格物致知など、普通の人にできるはずがないと論じる。朱子学は江戸幕府の官学として重んじられた学問であり、万物の理を人の知で究め尽くせるとする考えは、人の知には限りがあるとする宣長の立場と正面から対立する。
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