導師導古典を学びたいすべての人に

玉勝間 / 十四の巻 ト筮

もろこしの國とても、いと上代には、後世の如く、萬の事、己がおしはかりの理を以て定むる事は、さしも有らざりしこと、ト筮と云ふ物あるをもて知るべし。ト筮は己が心に定め難き事を、神にこひてその〓をうけて定むるわざなり。ト筮にいづるは、神のをしへなり。然るを後世のごとく、己が心をもて、物の理をはかりて、定むることは、大かた周公旦と云ふさかしら人より、盛にその風になれるなり。

新字:もろこしの国とても、いと上代には、後世の如く、万の事、己がおしはかりの理を以て定むる事は、さしも有らざりしこと、ト筮と云ふ物あるをもて知るべし。ト筮は己が心に定め難き事を、神にこひてその〓をうけて定むるわざなり。ト筮にいづるは、神のをしへなり。然るを後世のごとく、己が心をもて、物の理をはかりて、定むることは、大かた周公旦と云ふさかしら人より、盛にその風になれるなり。

書き下し

もろこしの国とても、いと上代には、後世の如く、万の事、己がおしはかりの理を以て定むる事は、さしも有らざりしこと、卜筮と云う物あるをもて知るべし。卜筮は己が心に定め難き事を、神にこいてその教えをうけて定むるわざなり。卜筮にいずるは、神のおしえなり。然るを後世のごとく、己が心をもて、物の理をはかりて、定むることは、大かた周公旦と云うさかしら人より、盛んにその風になれるなり。

現代語訳

中国の国といっても、ごく古い時代には、後の世のように何事も自分の推量の理屈で決めることは、それほどなかったことが、卜筮というものがあることによって分かる。卜筮は、自分の心で決めがたいことを神に願ってその教えを受けて決める業である。卜筮に出るのは神の教えである。それなのに後の世のように、自分の心で物の道理を推し量って決めることは、おおよそ周公旦という賢しら人から、盛んにその風になったのである。

解説

中国でも古い時代には、物事を人の理屈だけで決めていたわけではないことを、卜筮(亀卜や筮竹による占い)の存在から論じた段である。卜筮は、人の心では決めかねることを神に問い、その教えに従って決める方法であり、宣長はそこに神を畏れた古い心の名残を見る。ところが周公旦という「さかしら人」、つまり小賢しい知恵者が出てから、人の心で道理を測って決める風が盛んになったとする。周公旦は周の礼楽制度を整えた人物として儒家に最も尊ばれるが、宣長は漢意の源をこの人に見て、この巻でたびたび批判している。人の理屈を万能とする考えには歴史的な始まりがあるという見方であり、人間の判断の限界をどう扱うかという問いは、今も形を変えて続いている。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る