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玉勝間 / 一の巻 漢国に殷人鬼神をたふとむと云へる事

殷人は鬼神をたふとめりとて、かの代には、神を尊むことの過たるごと云へるは、周の人の言にて、そは殷の過たるには有らず、周の、神を尊む事の足らざるにこそ有れ。まことの道より見れば、殷の代も、猶たらざりけむを、過たりとしも云へるは、聖人のさかしらの增長て、神をかろしめたる成りけり。

書き下し

殷人は鬼神をたふとめりとて、かの代には、神を尊むことの過ぎたるごと云えるは、周の人の言にて、そは殷の過ぎたるには有らず、周の、神を尊む事の足らざるにこそ有れ。まことの道より見れば、殷の代も、なおたらざりけむを、過ぎたりとしも云えるは、聖人のさかしらの増長して、神をかろしめたるなりけり。

現代語訳

殷の人は鬼神を尊んだとして、あの代には神を尊ぶことが過ぎていたかのように言っているのは、周の人の言葉であって、それは殷が過ぎていたのではなく、周の神を尊ぶことが足りなかったのである。まことの道から見れば、殷の代もなお足りなかったであろうに、過ぎていたとまで言ったのは、聖人の賢しらが増長して、神を軽んじたのである。

解説

礼記に「殷人は神を尊び、民を率いて神に事う」とある一節への反論である。周の時代の人は、殷は神を尊びすぎたと評した。宣長は、それは殷が過ぎていたのではなく、周の側が神を敬う心に欠けていたのだと、評価の物差しそのものをひっくり返す。まことの道から見れば殷ですら足りなかったのに、それを過剰と言うのは、聖人の賢しらが募って神を軽んじた結果だ、と。ここでいう聖人とは、儒学が理想とする周の文王・周公や孔子の系譜である。儒学の文明観では、呪術的な殷から人倫の周への移行は進歩とされる。宣長はそれを退歩と読み替えた。過剰か不足かの判断は、どこに基準を置くかで逆になるという指摘は、今の議論にもそのまま当てはまる。

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