玉勝間 / 十四の巻 皇太子伊勢大神宮に詣給ふ御事
同紀に、寶龜九年十月丁酉、皇太子向伊勢、先是皇太子寢疫、久不平復、至是親拜神宮、所以賽宿禱也。また延曆十年十月甲寅、先是皇太子枕席不安、久不平復、是日向於伊勢大神宮、緣宿禱也。十一月丁卯、皇太子自伊勢大神宮至、これは一度の御事なりしを、史のまぎれにて、寶龜と延曆と、二度記されたるなり。いづれか正しかりけむ。今知ッがたし。
新字:同紀に、宝亀九年十月丁酉、皇太子向伊勢、先是皇太子寝疫、久不平復、至是親拝神宮、所以賽宿祷也。また延暦十年十月甲寅、先是皇太子枕席不安、久不平復、是日向於伊勢大神宮、縁宿祷也。十一月丁卯、皇太子自伊勢大神宮至、これは一度の御事なりしを、史のまぎれにて、宝亀と延暦と、二度記されたるなり。いづれか正しかりけむ。今知ッがたし。
書き下し
同じく紀に、宝亀九年十月丁酉、皇太子伊勢に向かう、是より先皇太子疾に寝ね、久しく平復せず、是に至りて親ら神宮を拝す、宿禱を賽する所以なり。また延暦十年十月甲寅、是より先皇太子枕席安からず、久しく平復せず、この日伊勢大神宮に向かう、宿禱に縁るなり。十一月丁卯、皇太子伊勢大神宮より至る、これは一度の御事なりしを、史のまぎれにて、宝亀と延暦と、二度記されたるなり。いずれか正しかりけむ。今知りがたし。
現代語訳
同じ『続日本紀』に、「宝亀九年十月丁酉の日、皇太子が伊勢に向かわれた。これより前、皇太子は病に伏し、長く回復されなかった。ここに至って自ら神宮を拝された。かねての祈願にお礼参りをするためである」とある。また「延暦十年十月甲寅の日、これより前、皇太子は寝所に安らかでなく、長く回復されなかった。この日、伊勢大神宮に向かわれた。かねての祈願によるのである。十一月丁卯の日、皇太子が伊勢大神宮から戻られた」とある。これは一度の出来事であったのを、史書の紛れによって、宝亀と延暦と二度記されたのである。どちらが正しかったのだろうか。今は知りがたい。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十四の巻 伊勢大神宮寺続紀に、宝亀三年八月、度会の神宮寺を飯高郡の度瀬の山房に徙す、また同じく十一年二月、神祇官言す、伊勢大神宮寺、先に祟り有るが為に、他処に遷し建つ、而るに今神郡に近くして、その祟り未だ止まず、飯野郡を除くの外、便地に移し造らんとすといえば、これを許す。
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『玉勝間』五の巻 大神宮に諸人のまうづる事同じ書に、承平四年九月の御祭云云、参宮人千万、貴賤を論ぜず云云、と有るを見れば、その頃もかかりしなり。そもそも大神宮には、私の幣を奉ることは、禁制なりしかども、詣ずる事は、なべて苦しからざりしにや。
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『玉勝間』三の巻 五十師原山辺御井倭姫の命の宮の事は、今里人の云い伝えは無けれども、もしさる説の有らば、それはた行宮によしあり。持統天皇も女帝にましませば、其行宮を、倭姫の命の宮と、誤り伝えたりとせば、これ又かえりて、かの行宮の証とすべし。八つには、持統天皇の伊勢の行幸は、書紀を考うるに、六年三月六日辛未に、京をたたせ給いて、同月廿日乙酉に、還らせ給えり。然るを、此行幸は五月なりと云われたるも誤りなり。そは紀に、同年五月乙丑朔庚午、阿胡の行宮に御しし時贄を進りし者に云云、とあるを見誤りて、万葉の裏書に、五月云云と引けるを、ふと見て、五月とは思い誤られたるなり。かの紀の文は、三月の行幸の時に、阿胡の行宮にて、贄をたてまつりし者を、五月に賞せられたる事をしるせるなり、かの紀をひらき見て知るべし。九つには、万葉一の巻に、山のべの御井を見がてり云云の歌は、長田王、伊勢の斎宮へ、おおやけ事にて下られたるついでに、名高き所なれば、此御井をも見に立ちよられたるなり。さればこれも鈴鹿の郡は路次にあらず遠しとても、妨無し。大御神の宮の中ならむには、御井を見がてら物せむ事、いかがとぞ思う。
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『玉勝間』十二の巻 伊勢大神宮司仏事を行ひて見任を解れし事同じ書に、弘仁七年六月丙辰、伊勢大神宮司従七位下大中臣朝臣〓持、穢を犯し并びに仏事を行う有り、神祇官これをトするに、祟り有り、大祓を科し、見任を解く、と見えたり。
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『玉勝間』八の巻 伊勢勅使のとも人の数同じ書に、仁安三年十二月二十一日、伊勢大神宮炎上によりて、同じ月勅使、左大弁雅頼卿発遣、その人数は、勅使大弁子息一人、従十一人、前駈六人(従各五人)、侍五人(従各十人)、雑色六人(従各二人)、舎人四人、人夫三十人、右大史三善章貞、従二十人、史生盛久、同兼康、従各二十人、馬各五疋、官掌頼兼(同前)、弁侍二人、従各五人、馬各二疋、使部十人、従各一人と見えたり。
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『玉勝間』十三の巻 神社を殊に宮と申す号の事同紀に、貞観九年八月二日、伊勢国の伊佐奈岐伊佐奈弥神に勅して、社を改めて宮と称し、月次祭に預からしめ、并びに内人一員を置くとある。これらによれば、凡て宮と申すと、社と申すとは、尊き卑しき差等ある事なるに、又なべて然るにもあらざるにや。殊なる大社にも、なお社と申して、宮とは申さぬも多きは、いかなる事にか有らむ。
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