玉勝間 / 十一の巻 口をよす
今の世に、人の死たる時に口をよせると云ふわざするなり。これも同じ物語後悔シキ大將ノ卷に、左近のめのと泣く泣く御くちよせに出でたつと有り。さてその口よする者をば、かうなぎと有り。今みこと云ふなり。
新字:今の世に、人の死たる時に口をよせると云ふわざするなり。これも同じ物語後悔シキ大将ノ巻に、左近のめのと泣く泣く御くちよせに出でたつと有り。さてその口よする者をば、かうなぎと有り。今みこと云ふなり。
書き下し
今の世に、人の死にたる時に口をよせると云うわざするなり。これも同じ物語後悔しき大将の巻に、左近のめのと泣く泣く御くちよせに出でたつと有り。さてその口よする者をば、こうなぎと有り。今みこと云うなり。
現代語訳
今の世で、人が死んだ時に「口寄せ」ということをする。これも同じ物語(『栄花物語』)の「後悔しき大将」の巻に、「左近の乳母が泣く泣く御口寄せに出かける」とある。さて、その口寄せをする者を「かうなぎ(巫)」と言っている。今は「みこ」と言うのである。
解説
死者の霊を呼び寄せて語らせる「口寄せ」という習わしが、平安時代からあったことを『栄花物語』で確かめた段である。亡き人を慕う乳母が、泣く泣く口寄せに出かける場面が描かれ、それを行う者は「かうなぎ」と呼ばれていた。かんなぎ(巫)は神に仕えて神意を伝える者で、宣長の時代には「みこ」と呼ばれていた。東北の「いたこ」の口寄せは、今もこの習わしを伝えている。宣長は民間の習俗を迷信として退けるのではなく、それが古くから続くものであることを文献によって示し、呼び名の移り変わりまで書き留めた。亡くなった人の声をもう一度聞きたいという願いは、千年を隔てても変わらない。習俗の古さを確かめることは、人の心の変わらなさを確かめることでもある。
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 霊屋栄花物語鳥辺野の巻に、一条の天皇の皇后宮のかくれさせ給えるを、おさめ奉る事を云える処に、とりべ野の南の方に、二町ばかりさりて、たまやと云うものを造りて、ついじなどつきて、ここにおわしまさせむとせさせ給うとあり。今の世に御霊屋と云う名、このたまやなり。然れどもかのたまやと云える物、今の御霊屋と、全く同じとは聞こえず。いささか事かわりてぞ聞こゆる。
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