玉勝間 / 十二の巻 七月十五日を中元と云ふ事
唐六典に、道士齋有七名、云云、其四日三元齋、正月十五日天官、爲上元、七月十五日地官、爲中元、十月十五日水官、爲下元。
新字:唐六典に、道士斎有七名、云云、其四日三元斎、正月十五日天官、為上元、七月十五日地官、為中元、十月十五日水官、為下元。
書き下し
唐六典に、道士の斎に七名有り、云云、その四に曰く三元斎、正月十五日は天官、上元と為す、七月十五日は地官、中元と為す、十月十五日は水官、下元と為す。
現代語訳
『唐六典』に「道士の斎には七つの名がある。……その四を三元斎という。正月十五日は天官で上元とし、七月十五日は地官で中元とし、十月十五日は水官で下元とする」とある。
解説
七月十五日を「中元」と呼ぶ由来を、唐の制度書『唐六典』から示した抜き書きである。中元はもともと道教の祭日で、天官・地官・水官の三官を祭る三元の一つであった。正月十五日の上元に天官が福を授け、七月十五日の中元に地官が罪を赦し、十月十五日の下元に水官が厄を解くとされる。日本では七月十五日は仏教の盂蘭盆と重なり、先祖を祀る時期として定着し、やがてその頃の贈答が「お中元」と呼ばれるようになった。宣長は由来の典拠を示すだけで論評は加えていないが、身近な年中行事の名が、実は中国の道教に源を持つことを確かめておきたかったのだろう。習俗の名の出どころを正確に知ることは、日本と中国の文化の重なりを冷静に見る手がかりになる。
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