玉勝間 / 九の巻 みちのくの田うゑ歌
晝上り、日を見れば、ひるまになり候、晝いひもちのおそさよ、晝いひはいでき候が、椀を何具そろへた、百三具揃へた、晝いひはいでき申たが、おけくさになになに、いそやわかめ苅あげて、たひをまねふくろから曲、鎌倉へのぼる道には、をうなににたる石あり、男よりて手だにかくれば、なよれかかる石あり、かまくらの御所の舘は、二階作りの八ッむねに、むねさはしをふせて、二階づくりの八ッむね、鎌倉の御所のやかたの、百千本の竹の子、百千本がのたつなら御所は名所となるべい。夕暮、夕ぐれに出て見れば、前田わせがそよめく、そよめかば、おかりやれや、百や廿餘人、百卄餘人の其中に、どれがこなたの聟殿、紅の鉢卷に、左鎌が聟殿、上りはか、上りはかのこんそめには、誰もけんてにかけるな、玉のみこしでむかへ申そ、誰もけんてにかけるな、笠の上で蟬が鳴候、おいとま申ぞ田の神。
新字:昼上り、日を見れば、ひるまになり候、昼いひもちのおそさよ、昼いひはいでき候が、椀を何具そろへた、百三具揃へた、昼いひはいでき申たが、おけくさになになに、いそやわかめ苅あげて、たひをまねふくろから曲、鎌倉へのぼる道には、をうなににたる石あり、男よりて手だにかくれば、なよれかかる石あり、かまくらの御所の舘は、二階作りの八ッむねに、むねさはしをふせて、二階づくりの八ッむね、鎌倉の御所のやかたの、百千本の竹の子、百千本がのたつなら御所は名所となるべい。夕暮、夕ぐれに出て見れば、前田わせがそよめく、そよめかば、おかりやれや、百や廿余人、百卄余人の其中に、どれがこなたの婿殿、紅の鉢巻に、左鎌が婿殿、上りはか、上りはかのこんそめには、誰もけんてにかけるな、玉のみこしでむかへ申そ、誰もけんてにかけるな、笠の上で蝉が鳴候、おいとま申ぞ田の神。
書き下し
昼上り、日を見れば、ひるまになり候、昼いいもちのおそさよ、昼いいはいでき候が、椀を何具そろえた、百三具揃えた、昼いいはいでき申したが、おけくさになになに、いそやわかめ苅りあげて、たいをまねふくろから曲、鎌倉へのぼる道には、おうなににたる石あり、男よりて手だにかくれば、なよれかかる石あり、かまくらの御所の舘は、二階作りの八つむねに、むねさわしをふせて、二階づくりの八つむね、鎌倉の御所のやかたの、百千本の竹の子、百千本がのたつなら御所は名所となるべい。夕暮、夕ぐれに出て見れば、前田わせがそよめく、そよめかば、おかりやれや、百や廿余人、百廿余人のその中に、どれがこなたの聟殿、紅の鉢巻に、左鎌が聟殿、上りはか、上りはかのこんそめには、誰もけんてにかけるな、玉のみこしでむかえ申そ、誰もけんてにかけるな、笠の上で蝉が鳴き候、おいとま申すぞ田の神。
現代語訳
「昼の上がり、日を見れば昼時になりました。昼飯を運んでくるのの遅いことよ。昼飯はできましたが、椀を何組そろえた、百三組そろえた。昼飯はできましたが、おかずには何々、磯の若布を刈り上げて、鯛をまねく袋から曲(この句は意味がよく取れない)。鎌倉へ上る道には、女に似た石がある。男が寄って手だけでもかけると、なよなよと寄りかかる石がある。鎌倉の御所の館は二階造りの八つ棟で、棟に棟端を伏せて、二階造りの八つ棟。鎌倉の御所の館の百千本の竹の子、百千本が伸び立ったなら、御所は名所となるだろう。夕暮れ、夕暮れに出て見れば、前の田の早稲がそよいでいる。そよいだならお刈りなされよ、百二十余人、百二十余人のその中で、どれがそちらの婿殿か。紅の鉢巻に左手の鎌が婿殿。仕事じまい、仕事じまいの締めくくりには、誰も検見にかけるな、玉の神輿でお迎えしよう、誰も検見にかけるな。笠の上で蝉が鳴いている。お暇申しますぞ、田の神よ。」
解説
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 みちのくの田うゑ歌陸奥の田植歌とて、書きたるを人の見せたる、弥十郎、あすは大たむのおたうえだが、しったかしらぬか、太郎次郎、からすの八番鳥に、むくむくむっくりと、むくしり起き、大くろ小くろ、墨のくろ、上の町の一みなくち、そろりそっと、引こんで、はしはしとかくべいぞや。なえとり、種は千石、おろし申ったが、どれか葉広はやわせ、おとりやれや、皆おしなべて、葉広はやわせ、苗の中の鶯は、世をば何とさえずる、蔵桝に十かきそえて、おくら済むとさえずる。朝はか、朝はかの一みなくちに、生えたる松は何まつ、白かねの銚子提げに、田ぬしいわう若松、若松の一の枝に、とまる鷹が巣をかけて、巣のうちを見入れて見れば、こもち金が九つ、一つを宇賀にまいらせ、八つの長者といわわれたよ、きょうの田うえの田ぬし殿には、金の臼が七から、七からに八からまして立てたは、長者殿にもますべい、杵が十六女が三十三人、三十三人のその中では、どれが目につく旅人、紅の前だれに、上げ嶋田がめにつく、旅びと。
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌(扇を右へとる)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆうだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初の歌、同、しら拍子)万代のまつのお山のかげしげみ君をぞいのるときわかきわにやれ〓〓、(鼓のだんかしらもろ拍子に舞の手をかゆる)(中の歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれえなければかんこもおきてなにかせむ、(扇を左へとる)わがやどの千代の川竹ふしとおみさもゆくすえのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇を右へとりて拍子をきくなり)(末の歌、扇左へ)うえて見る殖えてあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右へとる)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
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『玉勝間』十一の巻 みちのくの名所陸奥の国の事どもを記せる物に、宮城郡に利府村と云う有り、仙台より原町通り三里廿八町余あり。その利府村のならびなる高野村と云うに、とうが菅とて名菅あり。その村の田の中に、二三間四方垣を結いめぐらして、里の百姓、国主の命によりて、預り居るなり。古歌に「玉篠に霰たばしる音きけばいとどぞさゆるとうの菅ごもと云えり。また塩竈六社大明神、仙台より四里半ばかり有り。この国にて最大社なり、その宮の下に、塩焼竈と云うあり、大きなる円盆のごとし、この物の中に、つねに潮九分目ばかり有りて、いかなる旱にも減る事無く、また洪水のおりも増すこと無く、同じことなり。いとあやしき物なり。海ぎわより三四町ばかり離れて、市中石段の上いがきの内に、五つ並びてあり。もとは六つ有りしに、一つは海へ沈みしとぞ。その所を今釜が淵と云うなりと云えり。また名取川、仙台近き大道の内にて、中田の宿と長町の宿との間に有り、広さ四十六間ありと云えり。また緒絶川、仙台より南部へゆく大道にて、古川宿と荒谷の宿との間に有り、橋は長さ八間広さ二間と云えり。また桜川、同じ大道にて、一の関の宿と前沢宿との間に有りと云えり。
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『玉勝間』九の巻 神をなほざりに思ひ奉る世のならひをかなしむ事そもそも宣長、かかるすじの事を、かえすがえす云い出づる、人はうるさしとも思うらめど、この事のうれたさの、明け暮れ心に忘らるる間も無く覚ゆるから、筆だにとれば、書きいでまほしくてなん。治まれる御代のしるしを千木たかく神のやしろに見るよしもがな
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌地誉歌。むかしより世をはじめ給うおお太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちておがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をしょうせん、神の父いずくにますぞ幣さしてとおりにまいる神をしょうせん、神の母いずくにますぞみくまもり出雲にまいる神をしょうせん、神しょうし磯をぞまわるあまおぶねかいかじそろえ船子さだめん。高所。たんなんたいらの神棚にかおよき女体おわします、おっとはたれぞととい(ひ)たれば松のうら葉のとみ男、おさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたわむれて五葉の松とぞなり給う、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすえて、あゆみ給えばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすえて、南面の泉水にようある鳥こそきていたり、この殿のみかどのまえにはよしうえてまいれる人によしといわせん、この殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、この殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入り来るとみのかえらんばおかの子共と物語せん。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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