玉勝間 / 十一の巻 肥後国の神楽歌
地譽歌。むかしより世をはじめ給ふおほ太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちてをがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をせうせん、神の父いづくにますぞ幣さしてとほりにまゐる神をせうせん、神の母いづくにますぞみくまもり出雲にまゐる神をせうせん、神せうし磯をぞまはるあまをぶねかいかぢそろへ船子さだめん。高所。たんなんたひらの神棚にかほよき女躰おはします、をつとはたれぞととひたれば松のうら葉のとみ男、をさなききんだちみやしろに學問せよとてあけたれば、うめと櫻にたはふれて五葉の松とぞなり給ふ、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすゑて、あゆみ給へばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ緣にいとげの車やりすゑて、南面の泉水にようある鳥こそきてゐたり、此殿のみかどのまへにはよしうゑてまゐれる人によしといはせん、此殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、此殿をあたらし殿とたれかなづく九國のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入來るとみのかへらんばおかの子共と物語せん。
新字:地誉歌。むかしより世をはじめ給ふおほ太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちてをがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をせうせん、神の父いづくにますぞ幣さしてとほりにまゐる神をせうせん、神の母いづくにますぞみくまもり出雲にまゐる神をせうせん、神せうし磯をぞまはるあまをぶねかいかぢそろへ船子さだめん。高所。たんなんたひらの神棚にかほよき女体おはします、をつとはたれぞととひたれば松のうら葉のとみ男、をさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたはふれて五葉の松とぞなり給ふ、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすゑて、あゆみ給へばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすゑて、南面の泉水にようある鳥こそきてゐたり、此殿のみかどのまへにはよしうゑてまゐれる人によしといはせん、此殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、此殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入来るとみのかへらんばおかの子共と物語せん。
書き下し
地誉歌。むかしより世をはじめ給うおお太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちておがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をしょうせん、神の父いずくにますぞ幣さしてとおりにまいる神をしょうせん、神の母いずくにますぞみくまもり出雲にまいる神をしょうせん、神しょうし磯をぞまわるあまおぶねかいかじそろえ船子さだめん。高所。たんなんたいらの神棚にかおよき女体おわします、おっとはたれぞととい(ひ)たれば松のうら葉のとみ男、おさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたわむれて五葉の松とぞなり給う、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすえて、あゆみ給えばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすえて、南面の泉水にようある鳥こそきていたり、この殿のみかどのまえにはよしうえてまいれる人によしといわせん、この殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、この殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入り来るとみのかえらんばおかの子共と物語せん。
現代語訳
地誉歌(土地をほめる歌)。「昔から世をお始めになった大いなる太子よ、世のよいことを定めて始めよう」。「御手幣を手に取り持って拝めば、四方の神々も花やかにどよめくことだろう」。「よい馬によい鞍を置き、手綱をかけて、朝日に向かって神をお招きしよう」。「神の父はどこにおいでか、幣を挿して道を通って参る、神をお招きしよう」。「神の母はどこにおいでか、みくまもり(意味が取りにくい)出雲に参る、神をお招きしよう」。「神をお招きして磯を回る海人の小舟、櫂と楫をそろえ、船子を定めよう」。高所(たかどころ、次の一連の名)。「たんなん平(意味が取りにくい)の神棚に、顔の美しい女神がおいでになる。夫は誰かと問うたところ、松の梢の葉の富み男(福の神)だという」。「幼い若君たちを、社で学問せよと送り出したところ、梅と桜に戯れて、五葉の松になってしまわれた」。「われらの植えた木のせきよう(意味が取りにくい)は、つくつくぼうしを並べ据えて」。「神がお歩きになると、その足跡ごとに七本の蓮の花が開く」。「南向きの広縁に糸毛の車を引き据えて」。「南側の泉水に、見事な鳥がやって来ている」。「この御殿の御門の前には葦(よし)を植えて、参る人に『よし(よい)』と言わせよう」。「この御殿の十二本の柱は金であるよ、押しても引いても揺らぐまい」。「この御殿を新しい御殿と誰が名づけたのか、九国(九州)の殿の古い家であるのに」。「酒殿で酒を造ったよ、百原八千原(ももはらやちはら)の酒を神は召し上がるだろう」。「酒殿に風が吹いて、さらさらと、茂った木の下を宿と定めよう」。「酒殿に入って来る富み人が帰るならば、岡の子どもたちと語り合おう」。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌蔵手。いさやうちおきのみしまに塩かけてかいたる塩ぞ神はよろこぶ、東には日月さやかにひをてらす西にはよをつけよを経給う、北には一りょうみょうけん大将軍とのとのづくり南に南海をたてたり、一目のよとみの池に船うけてのぼるはやまもくだるはやまも、みさやまの諏訪のみまえの初穂花まいれる人のかざしなるもの、天照大神宮のゆうだすきかけての後ぞたのしかるもの、水神のましましさきに綾はえて錦をはえてとくと踏せん、土佐の国はたの郡の北野なる客の天神といわいそめけん、土佐の国ありほが嶽にてる紅葉くれない紅葉色かえて見ん。上の件りの歌どもは、肥後国の神楽歌なりとて、かの国人の見せたるなり。かの国には、いずれの社の神楽にも、この歌どもをうたうとぞ。
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌(扇を右へとる)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆうだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初の歌、同、しら拍子)万代のまつのお山のかげしげみ君をぞいのるときわかきわにやれ〓〓、(鼓のだんかしらもろ拍子に舞の手をかゆる)(中の歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれえなければかんこもおきてなにかせむ、(扇を左へとる)わがやどの千代の川竹ふしとおみさもゆくすえのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇を右へとりて拍子をきくなり)(末の歌、扇左へ)うえて見る殖えてあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右へとる)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌春日の若宮の社の神楽舞の歌とて、書きつけたるを、人の見せたる。(初の歌、手をかゆる、鼓のだんかしら)君が代の久しかるべきためしには神もうえけむ住吉の松やれ住吉の松やれ、(しら拍子らん拍子の鼓とおなじ)春日山いわねの松はいわねども千年をみどりの色にしり、(中の歌、これより鼓は終までおなじ手をかゆる)みねの嵐はおとせねど万歳のひびきぞ耳にみつ、三笠山生いそう松のえだごとにたえずも君がさかゆべきかなやれさかゆべきかな〓〓〓〓や、(末の歌、しおる手をかゆる、扇を左へとる、扇を右へとる)色がえぬ松と竹との末の代にいずれ久しとや君のみぞ見む、いずれ久しとや〓〓君のみぞ見む〓〓〓〓、(初の歌、あい舞の時はこれより同じ手をかゆる、しら拍子)千代までと君をいのれば三笠山みねにもおなじ声きこゆなりやれ声きこゆなりやな、(鼓はじめ同)松はいわいのためしにひかるるは春日の山の姫小松、(中の歌、上同音)八千代の玉椿いつのき川にすむ鶴ながいの浦にあそぶ亀、(末の歌、しおる、扇を左へとる)鶴の子のまたつるの子のやしわ子のそだたむ代まで君はましませやれ君はましませ、
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『玉勝間』十三の巻 信濃国の或村村の神事にうたふ歌ある人の云わく、しなのの国の、天竜川の河上なる、川村和田きさわなど云う里里の神事に、湯釜に湯をわかしたぎらせて、そのめぐりに、幣を立ておきて、夜更けて、その釜のほとりに、里人男女、老いたる少き打ち交じりつどいて、その幣をとり持ちて、うたう歌。おゆめすときのな、おみかげこぐそ〓〓、やくもだのぼれ〓〓、
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『玉勝間』十の巻 かぐらかぐらは、古えは、神あそびとぞ云える。さればその歌をも、古今集には、かみあそびの歌とぞしるされたる。神楽と書けるも、古くはかみあそびとぞ訓むべき。かぐらと云う名は、如何なる由にて、いつの程よりか云いそめけむ。六帖の題にはかぐらと書けり。
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『玉勝間』十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事神楽の曲は、すでに絶えぬべかりける事を、御門の御口より給いける。めでたかりける事なり。(私に云う、堀川院御宸筆の神楽譜、多近方に給いて、今多朝臣久時、同じく子久泰まで所持し畢んぬ。)
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