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玉勝間 / 十一の巻 又神楽の調子

同書に、資忠云、上代は神樂は無調なり、而近來すべて以壹越調爲之、我世に相替る事是れなりと云へり。さきに、しるせると異なるはいかにぞや。今思ふに、此說まことに然るべし。さきの、神樂はもと平調なりと云へる說は、ひがことなるべし。これに我世云云と云へるは、此資忠と云ひし人の世の程に、かく變りぬる由なり。

新字:同書に、資忠云、上代は神楽は無調なり、而近来すべて以壱越調為之、我世に相替る事是れなりと云へり。さきに、しるせると異なるはいかにぞや。今思ふに、此説まことに然るべし。さきの、神楽はもと平調なりと云へる説は、ひがことなるべし。これに我世云云と云へるは、此資忠と云ひし人の世の程に、かく変りぬる由なり。

書き下し

同書に、資忠云わく、上代は神楽は無調なり、しかるに近来すべて壱越調を以てこれを為す、我が世に相替わる事これなりと云えり。さきに、しるせると異なるはいかにぞや。今思うに、この説まことに然るべし。さきの、神楽はもと平調なりと云える説は、ひがことなるべし。これに我が世云云と云えるは、この資忠と云いし人の世の程に、かく変わりぬる由なり。

現代語訳

同じ書に、「資忠が言うには、上代には神楽には定まった調子がなかった。ところが近ごろはすべて壱越調で行う。わが代に変わったことというのはこれである」と言っている。先に記したのと違っているのはどうしたことか。今考えるに、この説がまことにもっともである。先の、神楽はもと平調であったという説は誤りであろう。ここで「わが代に」と言っているのは、この資忠という人の生きていた頃に、このように変わったということである。

解説

少し前の段で引いた「神楽はもと平調で、亡国の音なので壱越調に改めた」という説に対して、別の説を引いて誤りを正した段である。神楽の家の楽人である多資忠は、上代の神楽には定まった調子がなく、自分の代になってすべて壱越調で奏するようになったと語っている。宣長はこちらを正しいとし、平調説を退けた。平調を亡国の音とする説明が五行思想による後付けであるのに対し、資忠の言葉は変化を実際に見た当事者の証言である。同じ書の中の食い違いにすぐ気づき、どちらがより確かな根拠に立つかで判断するところに、宣長の考証の型がよく表れている。前に書いたことを後から改めることを恐れない態度も、学問を更新し続ける宣長らしい。

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