玉勝間 / 十一の巻 参入音声退出音声
豐原統秋が體源抄に、參音聲樂、春は春庭樂、夏は應天樂、秋は萬歲樂、冬は萬秋樂、賀王恩太上天皇御賀用之、最涼州內宴用之、澁河鳥同上。臣下御賀ニハ、萬秋樂鳥向樂再、太平樂慶雲樂、高麗顏序、退出音聲、長慶子(通用、)還城樂、行幸還御用之、夜半樂(承和御時御遊用之、)宗明樂(御願供養上高座用之、)海靑樂(南池院船樂奏之、)越天樂急、高麗新蘇利古(放生會御輿還御用之、)常武樂(同前、)
新字:豊原統秋が体源抄に、参音声楽、春は春庭楽、夏は応天楽、秋は万歳楽、冬は万秋楽、賀王恩太上天皇御賀用之、最涼州内宴用之、渋河鳥同上。臣下御賀ニハ、万秋楽鳥向楽再、太平楽慶雲楽、高麗顔序、退出音声、長慶子(通用、)還城楽、行幸還御用之、夜半楽(承和御時御遊用之、)宗明楽(御願供養上高座用之、)海青楽(南池院船楽奏之、)越天楽急、高麗新蘇利古(放生会御輿還御用之、)常武楽(同前、)
書き下し
豊原統秋が体源抄に、参音声の楽、春は春庭楽、夏は応天楽、秋は万歳楽、冬は万秋楽、賀王恩は太上天皇の御賀にこれを用う、最涼州は内宴にこれを用う、渋河鳥も同上。臣下の御賀には、万秋楽鳥向楽再、太平楽慶雲楽、高麗は顔序、退出音声は、長慶子(通用、)還城楽は、行幸還御にこれを用う、夜半楽(承和の御時御遊にこれを用う、)宗明楽(御願供養の上高座にこれを用う、)海青楽(南池院の船楽にこれを奏す、)越天楽急、高麗は新蘇利古(放生会の御輿還御にこれを用う、)常武楽(同前、)
現代語訳
豊原統秋の『体源抄』に、参入音声(舞人が入場する時の楽)は、春は春庭楽、夏は応天楽、秋は万歳楽、冬は万秋楽である。賀王恩は太上天皇の御賀に用いる。最涼州は内宴に用いる。渋河鳥も同じである。臣下の御賀には、万秋楽・鳥向楽(を再び)、太平楽・慶雲楽、高麗楽では顔序(を用いる)。退出音声(退場する時の楽)は、長慶子(どの場合にも通用する)、還城楽は行幸のお帰りの時に用いる。夜半楽(承和の御代の御遊に用いた)、宗明楽(御願の供養で導師が高座に上がる時に用いる)、海青楽(南池院の船楽で奏した)、越天楽の急、高麗楽では新蘇利古(放生会で御輿がお帰りになる時に用いる)、常武楽(同前)、とある。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 楽の道の書どもの名妙音院の相国の三五要略、北の院の御室御撰の糸管鈔、孝道の残夜抄、孝時の三五中録、宜陽殿の竹譜(大田丸撰)、貞保の親王の南竹譜、博雅の卿の長竹譜、大神の惟季の懐中譜、狛の光真〓老尼語、狛の近真教訓抄、狛の朝葛の続教訓抄、豊原兼秋の息毎譜、同じく作る豊兼抄、同じく十三帖譜、祖父幸秋の新鳳秘録、と同書の奥書にしるせり。
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