玉勝間 / 七の巻 催馬楽と云ふ名の事
又春庭樂和風樂なども、皇朝にて作れる曲にして、唐樂にはあらざるをや。さてついでに云はむ、催馬樂と云ふ名は、三代實錄三の卷に、始めて見えたり。
新字:又春庭楽和風楽なども、皇朝にて作れる曲にして、唐楽にはあらざるをや。さてついでに云はむ、催馬楽と云ふ名は、三代実録三の巻に、始めて見えたり。
書き下し
また春庭楽・和風楽なども、皇朝にて作れる曲にして、唐楽にはあらざるをや。さてついでに云わむ、催馬楽と云う名は、三代実録三の巻に、始めて見えたり。
現代語訳
また春庭楽・和風楽なども、わが国の朝廷で作った曲であって、唐楽ではないのである。さてついでに言っておくと、催馬楽という名は、三代実録の巻三に初めて見える。
解説
催馬楽の考証の結びである。前の段で和名抄の双調の曲名の並びを唐楽とする説を退けたのに加え、同じ列にある春庭楽・和風楽もわが国で作られた曲であって唐楽ではないと指摘し、その説の根拠をさらに崩している。そのうえで、催馬楽という名が文献に初めて現れるのは六国史の最後の『日本三代実録』巻三だと付け加える。三代実録は清和・陽成・光孝の三代を記した正史で、その初めの方に見えるということは、九世紀半ばには催馬楽の名が用いられていたことになる。語の初出を示すことは、その語をめぐる諸説の年代の当否を判断する基準になる。宣長は論を結ぶにあたって、推論だけでなく、確かな文献上の初出という事実を置いて終える。議論を事実の上に着地させる、考証の締めくくりの作法である。
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 催馬楽と云ふ名の事また或る説に、催馬楽と云うは、古諸国より御貢物を納むる時、民の口すさびに、うたいたる歌にて、御貢物を負する馬を、かりもよおす意なりと云えるは、催馬と云う名につきて、造りたる拙き説なり。また県居の大人は、さいばりを、さいばらと云いなせるなりとて、やがて催馬楽を、さいばりと書かれたれども、これも誤られたり。さいばりと云うは、もと、さいばりに衣はそめむ云々と云う歌の、一曲の名なるを、十六曲の総名として、大前張・小前張と分かれたる、皆神楽歌の方につきたる物にて、催馬楽とは、もとより別物なるをや。さてついでに云わむ、さいばりを、前張と書くは、借字にて、初榛なり。さてまた或る説に、催馬楽と云うは、もと唐楽の名なり。和名抄、音楽の部曲調類、双調の条に、柳花苑、春庭楽、催馬楽、狭鰭河、和風楽と、並べあげたり。みな唐楽なりと云えるも、ひがことなり。これは、吾駒の歌など双調に奏る故に、双調の曲の中へ、まじえ挙げたるにこそ有れ、唐楽に催馬楽と云う有る事無し。然る故にその催馬楽と挙げたる分注に、我駒の曲これなりと有り。またその次なる狭鰭河も、催馬楽の中の沢田川の曲なり。即ち分注に、沢田川の曲これなりと有り。唐楽に狭鰭河と云う名有るべきかは。
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