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十善法語 / 巻第一・不殺生戒

元來理ニ背クハ本性ニ背クシヤ。此道理ヲ擴メテ思惟セハ。思ヒ半ニ過ヘキシヤ。此地獄ノコトヲ具ニ知ウト思ハハ。正法念經瑜伽論等ヲ看ヨ。又餓鬼ト云者モ肉眼ニハ見エネトモ。山川ナトノ間ニ在ト云コトシヤ。又別ニ餓鬼世界ト云モ有ト云コトシヤ。梵語ニハ閉戾多ト云。支那ノ書ニハ鬼神ト云。其中ニ至テ羸劣ナル鬼ハ。人ノ祭ヲ受ルコトナラヌト云類シヤ。畜生ハ今現ニ見ル所ノ飛走鱗甲ノ類シヤ。ソノ中ニモ業ノ輕重有テ。此人間界ニアル畜生ハ。苦樂相雜スト云。鐵圍山ノ間黑暗ノ處別ニ畜生界有テ。此ニハ純ニ苦ヲ受ルト云シヤ。上品ノ十惡ハ地獄界ノ極劇苦ヲ成立シ來ル。中品ノ十惡ハ畜生瞰害ノ苦ヲ成立シ來ル。下品ノ十惡ハ餓鬼界飢渴ノ苦ヲ成立スル。慧目ノナキ者ハ佛語ヲ信セヨ。

新字:元来理ニ背クハ本性ニ背クシヤ。此道理ヲ擴メテ思惟セハ。思ヒ半ニ過ヘキシヤ。此地獄ノコトヲ具ニ知ウト思ハハ。正法念経瑜伽論等ヲ看ヨ。又餓鬼ト云者モ肉眼ニハ見エネトモ。山川ナトノ間ニ在ト云コトシヤ。又別ニ餓鬼世界ト云モ有ト云コトシヤ。梵語ニハ閉戻多ト云。支那ノ書ニハ鬼神ト云。其中ニ至テ羸劣ナル鬼ハ。人ノ祭ヲ受ルコトナラヌト云類シヤ。畜生ハ今現ニ見ル所ノ飛走鱗甲ノ類シヤ。ソノ中ニモ業ノ軽重有テ。此人間界ニアル畜生ハ。苦楽相雑スト云。鉄囲山ノ間黒暗ノ処別ニ畜生界有テ。此ニハ純ニ苦ヲ受ルト云シヤ。上品ノ十悪ハ地獄界ノ極劇苦ヲ成立シ来ル。中品ノ十悪ハ畜生瞰害ノ苦ヲ成立シ来ル。下品ノ十悪ハ餓鬼界飢渇ノ苦ヲ成立スル。慧目ノナキ者ハ仏語ヲ信セヨ。

書き下し

元来理ニ背クハ本性ニ背クシヤ。此道理ヲ擴メテ思惟セハ。思ヒ半ニ過ヘキシヤ。此地獄ノコトヲ具ニ知ウト思ハハ。正法念経瑜伽論等ヲ看ヨ。又餓鬼ト云者モ肉眼ニハ見エネトモ。山川ナトノ間ニ在ト云コトシヤ。又別ニ餓鬼世界ト云モ有ト云コトシヤ。梵語ニハ閉戻多ト云。支那ノ書ニハ鬼神ト云。其中ニ至テ羸劣ナル鬼ハ。人ノ祭ヲ受ルコトナラヌト云類シヤ。畜生ハ今現ニ見ル所ノ飛走鱗甲ノ類シヤ。ソノ中ニモ業ノ軽重有テ。此人間界ニアル畜生ハ。苦楽相雑スト云。鉄囲山ノ間黒暗ノ処別ニ畜生界有テ。此ニハ純ニ苦ヲ受ルト云シヤ。上品ノ十悪ハ地獄界ノ極劇苦ヲ成立シ来ル。中品ノ十悪ハ畜生瞰害ノ苦ヲ成立シ来ル。下品ノ十悪ハ餓鬼界飢渇ノ苦ヲ成立スル。慧目ノナキ者ハ仏語ヲ信セヨ。

現代語訳

もともと理に背くのは本性に背くのである。この道理を広げて思いめぐらせば、思い半ばに過ぎるはずである。この地獄のことを詳しく知ろうと思うならば、正法念処経や瑜伽論などを見なさい。また餓鬼という者も、肉眼には見えないけれども、山や川などの間にいるということである。また別に餓鬼世界というものもあるということである。梵語では閉戻多(プレータ)と言う。中国の書では鬼神と言う。その中でも極めて弱り劣った鬼は、人の祭りを受けることもできないという類である。畜生は、今現に見る飛ぶもの走るもの、鱗や甲羅のある類である。その中にも業の軽重があって、この人間界にいる畜生は苦と楽が入り混じっていると言う。鉄囲山の間の暗黒の所に別に畜生界があって、ここではひたすら苦を受けると言うのである。上品の十悪は地獄界の極めて激しい苦しみを作り出す。中品の十悪は畜生の食い合い害し合う苦しみを作り出す。下品の十悪は餓鬼界の飢えと渇きの苦しみを作り出す。智慧の眼のない者は仏の言葉を信じなさい。

解説

地獄・餓鬼・畜生の三悪趣について、経論に基づく説明をまとめる段である。正法念処経や瑜伽師地論は地獄の様子を詳しく説く典籍として挙げられる。餓鬼は梵語でプレータといい、中国では鬼神と訳されたこと、畜生には人間界にいるものと鉄囲山の闇にいるものがあることなど、当時の仏教の宇宙観が紹介される。尊者はこうした世界を、十悪の深さが作り出すものとして説いた。理に背くことは本性に背くことだという冒頭の一句に、この段の要がある。

この章句が説くこと

餓鬼畜生地獄十悪本性正法念処経

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