玉勝間 / 八の巻 髪のつと たを
今の世、女の髮ゆひて、後と左右へはり出したる處を、つとと云ふを、あづまにては、たをと云へり。源順ノ集に、わすれずもおもほゆる哉朝な朝なねし黑かみのねくたれのたわ、うつほの物語藏開ノ卷に、ただおほとのごもりなば、御ぐしにたわつきなんず、金葉集戀ノ一に、朝寢髮たが手枕にたわつけてけさはかたみにふりこして見る、など有り。たわ、たを、同じ言なり。但し古へのは、枕にあたりたる所に、おのづから出來たるを云ひ、今のは、殊更につくるなり。
新字:今の世、女の髪ゆひて、後と左右へはり出したる処を、つとと云ふを、あづまにては、たをと云へり。源順ノ集に、わすれずもおもほゆる哉朝な朝なねし黒かみのねくたれのたわ、うつほの物語蔵開ノ巻に、ただおほとのごもりなば、御ぐしにたわつきなんず、金葉集恋ノ一に、朝寝髪たが手枕にたわつけてけさはかたみにふりこして見る、など有り。たわ、たを、同じ言なり。但し古へのは、枕にあたりたる所に、おのづから出来たるを云ひ、今のは、殊更につくるなり。
書き下し
今の世、女の髪ゆいて、後と左右へはり出したる処を、つとと云うを、あずまにては、たおと云えり。源順の集に、わすれずもおもおゆる哉朝な朝なねし黒かみのねくたれのたわ、うつほの物語蔵開の巻に、ただおおとのごもりなば、御ぐしにたわつきなんず、金葉集恋の一に、朝寝髪たが手枕にたわつけてけさはかたみにふりこして見る、など有り。たわ、たお、同じ言なり。但し古えのは、枕にあたりたる所に、おのずから出来たるを云い、今のは、殊更につくるなり。
現代語訳
今の世に、女が髪を結って、後ろと左右へ張り出した所を「つと(髱)」と言うのを、東国では「たお」と言っている。源順の集に「忘れずも思おゆるかな朝な朝な寝し黒髪の寝くたれのたわ(忘れられずに思い出されることよ、毎朝、共に寝た黒髪の寝乱れてついた癖の形が)」、うつほ物語の蔵開の巻に「ただお休みになったら、お髪にたわがつくでしょう」、金葉集の恋の部一に「朝寝髪誰が手枕にたわつけて今朝は形見にふりこして見る(朝寝の髪を、誰の手枕で癖をつけて、今朝は形見として振り越して見ることか)」などとある。「たわ」と「たお」は同じ言葉である。ただし昔のものは、枕に当たった所に自然にできたものを言い、今のものは、ことさらに作るのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十四の巻 婦女の髪の制書紀に、天武天皇十一年四月、詔して曰く、今より以後、男女悉く髪を結え云云、六月丁卯、男女始めて髪を結い、仍りて漆紗冠を着く。また十三年閏四月云云、又詔して曰く云云、女の年四十以上は、髪の結うと結わざると、及び馬に乗ること縦横なるとは、並びに意に任せよ。別に巫祝の類は、結髪の例に在らず。また朱鳥元年七月、勅して更に男夫は脛裳を着け、婦女は髪を背に垂るること、なお故の如くせよとある。この朱鳥元年の勅は、天皇大御病し給いて、くさぐさの御祈り事ありしほどなれば、この女の髪の事も、神代よりの風を改め給える事を、畏み給いてにや有りけむ。かくて又続紀に、慶雲二年十二月、天下の婦女をして、神部・斎宮の宮人、及び老嫗に非ざるよりは、皆髻髪せしむ(語は前紀に在り、是に至りて重ねて制す)かくあれども、この御制ついに行われざりしとおぼしくて、中昔にもすべて垂れたりき。然るに近き代になりては、又みな髻なるは、いつのほどよりの事にか有らむ。
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『玉勝間』三の巻 とかたと云ふ詞童蒙抄に、山家の冬の夜と云うこころを、経信卿、「山里は夜床さえつつ明にけりとかたぞかねの音のすなるは、これいずかたぞと云うべきを、とかたぞと詠めり、いかがとあり。今の世の言に、いずくを、どこと云い、いずれをどれ、いずちまたいずかたを、どちと云うは、此とかたのとにやあらん。
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『玉勝間』六の巻 峠同じ百首に、「あしがらの山の峠に今日きてぞ富士の高根のほどは知らるる、峠と詠めり。この字は、後の人の書けるにも有るべけれど、とうげと詠める故にかく書けるなり。日向をひゅうが、多武峰をとうのみねと云う音便の、同じ例にて、手向を、そのかみ早くとうげと云いしなり。
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『玉勝間』八の巻 すそをつまげる俗言に、衣のすそをつまげると云うは、万葉集二十の巻の長歌に、御裳のすそつみあげかきなで、と有る、此つみあげのつづまれる詞なり。
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『玉勝間』八の巻 ぬたうつ夫木集に、俊頼朝臣、君こうと猪のかるもよりねざめしてあみけるぬたにやつれてぞふる、待賢門院の安芸、恋をしてふすいの床はまどろまでぬたうちさますよわのねざめよ、今の世にいやしき詞に、のたる又のたうつなど云うは、これなり。
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『玉勝間』八の巻 とつぐとつぐは嫁の字をよむ故に、ただ女の男にあう方にのみつかえども、さに有らず。鎮火祭の祝詞に、神いざなぎいざなみの命、妹背二柱とつぎ給いて云云、と有りて、ただ男女逢う事なれば、いず方よりも云う事なり。古今著聞集に、天野の遠景と云う者の事を云える条に。渡辺にて、番が妹にとつぎにけりと、男の方にも云えり。其頃まで、此言、古えの意を失わざりしなり。
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