玉勝間 / 八の巻 ひきはだ
同記に、四五位半靴、(有引膚有華仙)六位深沓、(無引膚無華仙)と有り。沓などにも、ひきはだと云ふこと有と聞ゆ。此名のこころは、蟾蜍膚なるべし。
書き下し
同じ記に、四五位は半靴(引膚有り、華仙有り)、六位は深沓(引膚無し、華仙無し)と有り。沓などにも、ひきはだと云うこと有と聞ゆ。此名のこころは、蟾蜍膚なるべし。
現代語訳
同じ日記(台記)に「四位・五位は半靴(引膚があり、華仙がある)、六位は深沓(引膚がなく、華仙がない)」とある。沓などにも「ひきはだ」ということがあると聞こえる。この名の意味は、蟾蜍(ひきがえる)の膚ということであろう。
解説
「ひきはだ」という語の由来を推した段である。ひきはだは、ひきがえるの背のようにしぼのある革を言い、刀の柄袋などにも使われた。台記には、四位五位の履く半靴には「引膚」と「華仙」という飾りがあり、六位の深沓にはないとあって、位によって履物の仕立てが区別されていたことが分かる。宣長は、「引膚」の字は当て字で、本来は「蟾蜍膚」、つまりひきがえるの肌の意だろうと見る。革のでこぼこした質感を、身近な生き物の肌にたとえた名というわけである。朝廷の装束は位階によって細かく定められており、有職故実の研究では、こうした細部の呼び名を一つ一つ確かめることが欠かせない。宣長は制度の細かな話を、ひきがえるという親しみやすい連想で解き明かしており、物の名に込められた昔の人の観察の目に気づかせてくれる。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 足袋俗に云う足袋は、和名抄に、単皮履、云云、今按ずるに野人鹿皮を以て半靴と為し、名づけて多鼻と曰う、乍〓此の単皮の二字を用うるか、と有り。
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『玉勝間』七の巻 直綴と云ふ衣今の世に、直綴と云う法衣あり。同書延文二年四月のところに、この名見えたり。また同四年四月十五日、公賢の大臣のかしらおろし給う所にも、直衣を脱ぎ、次に法衣を着る、墨染の大直綴なり。その色濃しと見ゆ。
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『玉勝間』八の巻 端に反ノ字を書く事台記に、布三反、布二反など有り。その頃も、端を反と書りしなり。
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『玉勝間』十二の巻 ひろぶた広蓋と云う物、園大暦などに見えたり。また白重の日記に、一品の禅尼の御局よりは、いときよげなるまきえのひろぶたに、おり物のきぬ一領おきて、など見えたり。この日記は、姉小路の中納言基綱の卿の、延徳二年の御法会の事をしるされたるものなり。
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『玉勝間』六の巻 わらうづ足をくふ金葉集連歌のはし書に、和泉式部が、賀茂にまいりけるに、わろうずに足をくわれて、紙を巻きたりけるを見てと有り。
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『玉勝間』十一の巻 中間と云ふものの事永仁三年にしるせる、布衣記と云うふみに、云云若党中間、跡に上下着て召し具す、また中間の事、折烏帽子小結常なり染直垂に大帷を重ね、袴には大口をかさね云云など云えり。然れば中間と云うもの、昔のは、今の世に云うとは、異なるものなりけむ。
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