玉勝間 / 八の巻 立物と云ふこと
また屋藏などのたぐひを、たち物と云ふ事も、右の永保三年の劵に、立物屋捌宇と有り。みな朝野群載廿一の卷に見えたり。
新字:また屋蔵などのたぐひを、たち物と云ふ事も、右の永保三年の劵に、立物屋捌宇と有り。みな朝野群載廿一の巻に見えたり。
書き下し
また屋蔵などのたぐいを、たち物と云う事も、右の永保三年の券に、立物屋捌宇と有り。みな朝野群載二十一の巻に見えたり。
現代語訳
また家屋や蔵などの類を「たち物(建物)」と言うことも、右の永保三年の証文に「立物、屋八宇(建物、家屋八棟)」とある。みな朝野群載の巻二十一に見える。
解説
前段に続けて、同じ永保三年の売券から「立物(たちもの)」という語を拾った段である。家屋や蔵を「立物」と呼ぶのは、今の「建物」という語の古い形であり、「宇」は建物を数える単位、「捌」は数字の書き換えを防ぐために「八」を書く大字である。こうした記載は、土地とともにその上の建物も売買の対象になったことを示している。出典の朝野群載は、平安時代後期に三善為康が編んだ詩文や公文書の集成で、当時の実際の文書の書式を伝える貴重な資料である。宣長は、前の段の「為後日」とこの「立物」をまとめて、その出どころを最後に示している。一つの資料から複数の言葉の由来を掘り起こす読み方であり、古文書を言葉の宝庫として読む宣長の姿勢がよく表れている。今何気なく使う「建物」という語にも、長い歴史があることを知らせる一段である。
関連する章句
-
『玉勝間』八の巻 為後日と云ふ事今証文のおくに、為後日と書く事、応徳元年又永保三年などの、家地売買券に、仍て後日の為に新券を立つ、また仍て後日の為に、本券等を相副え、新券を立つること件の如し、など有り。
-
『玉勝間』八の巻 なんどまさすけの装束抄にもやのなんどと云う事有り、又みすはなんどにかくるも、南おもてにかくるなりとも有り。今云う納戸は、これなるべし。
-
『玉勝間』六の巻 客殿吉部秘訓抄に、文治二、正、十、同記に云う、大夫史広房入り来る、先ず中門の外に立つ、予客殿に出ず、とあり。客殿と云うこと、その頃も有りしなり。
-
『玉勝間』八の巻 端に反ノ字を書く事台記に、布三反、布二反など有り。その頃も、端を反と書りしなり。
-
『玉勝間』五の巻 庄屋今の世田舎にて、村の長を庄屋と云う。文粋二の巻なる、延喜二年三月十三日の官符の文に、新たに庄家を立て、多く苛法を施す、と有り、類聚三代格にも出でたり。これその領主より、庄家と云うを立て置きて、その所の事を執せしなり。
-
『玉勝間』八の巻 足袋俗に云う足袋は、和名抄に、単皮履、云云、今按ずるに野人鹿皮を以て半靴と為し、名づけて多鼻と曰う、乍〓此の単皮の二字を用うるか、と有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る