玉勝間 / 八の巻 為後日と云ふ事
今證文のおくに、爲後日と書く事、應德元年又永保三年などの、家地賣買券に、仍爲後日立新劵、また仍爲後日、相副本劵等、立新劵如件、など有り。
新字:今証文のおくに、為後日と書く事、応徳元年又永保三年などの、家地売買券に、仍為後日立新劵、また仍為後日、相副本劵等、立新劵如件、など有り。
書き下し
今証文のおくに、為後日と書く事、応徳元年又永保三年などの、家地売買券に、仍て後日の為に新券を立つ、また仍て後日の為に、本券等を相副え、新券を立つること件の如し、など有り。
現代語訳
今、証文の末尾に「為後日(後日のため)」と書くことは、応徳元年や永保三年などの家や土地の売買証文に、「よって後日のために新しい証文を作る」、また「よって後日のために、もとの証文などを添えて新しい証文を作ること、以上のとおりである」などとある。
解説
江戸時代の証文の末尾に決まって書かれた「為後日」という文句が、平安時代後期の土地売買の証文にすでに見えることを示した段である。「後日の為」とは、後になって争いが起きたときの証拠とするため、という意味である。平安時代の土地の売買では、新しく売券を作り、それまでの権利を示す古い証文を「本券」として添えて渡すのが習いであった。「件の如し」という結びも、今日の文書に残る決まり文句である。宣長は古文書を読む中で、自分の時代の日常の書式が、七百年以上前の文書の言い回しをそのまま受け継いでいることに気づいた。松坂の商家に生まれた宣長には、証文の書式もなじみ深いものであっただろう。役所や契約の決まり文句は、意味を意識しないまま受け継がれやすい。その一つ一つに歴史があることを教えてくれる段である。
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