斉家論 / 上
都て農工商は下賤也、其賤者として、歷々の武家方と同じやうに思はるゝこそ愚なれ、その奢たかぶり上を犯す心にて參宮せば、神罰を受らるべし、是まで知らざるは是非なし、向後は急度愼まるべきことなり、又旦那名よせ帳をみれば、三四十年以前迄、京大坂にて、大金持といはれたるかくれなき町人も、往方しれぬ者もあり、又身上衰へ、自炊して暮すもあり、十軒に七八軒は如斯、其時に奧あしらい誰にしてもらはんや、遠慮なきときは、必ず近きうれひありとは、かやうの類なるべし、夫を笑止に思はれて、物語するぞかし、凡て貴は貴く賤は賤く、町家ならば町家、相應の名を呼るべし、相應の名を呼が、則正直なるゆへ、
新字:都て農工商は下賤也、其賤者として、歴々の武家方と同じやうに思はるゝこそ愚なれ、その奢たかぶり上を犯す心にて参宮せば、神罰を受らるべし、是まで知らざるは是非なし、向後は急度慎まるべきことなり、又旦那名よせ帳をみれば、三四十年以前迄、京大坂にて、大金持といはれたるかくれなき町人も、往方しれぬ者もあり、又身上衰へ、自炊して暮すもあり、十軒に七八軒は如斯、其時に奥あしらい誰にしてもらはんや、遠慮なきときは、必ず近きうれひありとは、かやうの類なるべし、夫を笑止に思はれて、物語するぞかし、凡て貴は貴く賤は賤く、町家ならば町家、相応の名を呼るべし、相応の名を呼が、則正直なるゆへ、
書き下し
都て農工商は下賤也。其の賤しき者として、歴々の武家方と同じやうに思はるるこそ愚かなれ。その奢りたかぶり上を犯す心にて参宮せば、神罰を受けらるべし。是まで知らざるは是非なし。向後は急度慎まるべきことなり。又旦那名よせ帳をみれば、三四十年以前迄、京大坂にて、大金持ちといはれたるかくれなき町人も、往方しれぬ者もあり。又身上衰へ、自炊して暮らすもあり。十軒に七八軒は如斯。其の時に奥あしらい誰にしてもらはんや。遠き慮りなきときは、必ず近きうれひありとは、かやうの類なるべし。夫を笑止に思はれて、物語するぞかし。凡て貴は貴く賤は賤しく、町家ならば町家、相応の名を呼ばるべし。相応の名を呼ぶが、則ち正直なるゆへ、
現代語訳
そもそも農工商は下賤の身です。その賤しい者が、歴々の武家と同じように思われようとするのは愚かなことです。そのように奢り高ぶって上を犯す心で参宮すれば、神罰を受けるでしょう。これまで知らなかったのは仕方がないが、今後はきっと慎まれるべきです。また、旦那の名寄せ帳を見ると、三、四十年前まで京・大坂で大金持ちと言われた名高い町人でも、行方の知れない者があり、身代が衰えて自炊して暮らす者もいる。十軒に七、八軒はこのようです。そのときに誰に奥方扱いをしてもらうのですか。遠い先を考えなければ必ず近い心配事がある、とはこういう類のことでしょう。それを気の毒に思うからこそ話しているのです。およそ貴い者は貴く、賤しい者は賤しく、町家なら町家相応の名で呼ばれるべきです。相応の名で呼ぶことが、すなわち正直だから、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『斉家論』上しさいらしく口上述べければ、大夫のいはく、其許は当地不案内と見ゆ。京大坂には町家にても、姑や嫁を後室の奥のと称へられ候や。左様成る上を犯し奢りがましき事は、皇太神宮の辺にては、大なる非礼なり。神は非礼を受け玉はず。此の度参宮せらるるも、神のめぐみを受けん為なるに、はるばる参宮せられても、神慮に叶はぬは笑止成る事也。大切成る旦那のことゆへ、如斯いふ也。忝くも茅ぶきの宮作り、三杵米の御供物を受けさせ給ふ。其の神慮にかなふ礼法を以て、参宮案内致すべし。かやうの事をしらずして、今の世には奢りに長じ、分をしらず仕合せよく、十軒口か廿軒口の家を持ち、三十人か五十人も暮らせば、大きな事と思ふより、嫁を御新造の奥のと称さす。
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『斉家論』下舟路陸路海賊山賊の患ひも知らず、近くは閭巷の区々まで、我が家々々に安居して、士農工商をのれをのれが業に心をいるれば、何の不自由なきやうにとの御仁政、上は申すも恐れあり。それぞれ所々に、司位にましまして、日々夜々に怠らず、是を治めたまはり、又家業の隙ある折々は、月花のたのしみも心にまかせ、且つ志あれば、聖人の道を学び、貧福ともに天命なれば、此の身このまゝにて足ることの教をきく。此の国恩の大なること、天地のごとくにして、中々筆にも尽すまじ。下として無道放逸をなし、上を犯し、我が分限を知らず、身をおごり、人のいたみをしらざるは、悲しき事かな。さある人は、天罰のがるゝ事有るまじ。今誠に目覚むる心地して、
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『斉家論』上結構成るものさへ著れば善きことと思ひ、見るを見まねに、我しらずして奢りに長じ、貴賤尊卑の礼をみだる。是をとどめん其の為に、止む事を得ず争ふなり。凡て世の有様を見来たるに、町家ほど衰へ安きものはなし。其の根源を尋ぬれば、愚痴といふ病なり。其の愚痴が忽ち変じて奢りとなる。愚痴と奢りと二つなれど、分けがたきことを語るべし。或る富家の町人、姑嫁を同道にて参宮す。上下三十人計りありとかや。小畑の宿にて休み、支配手代は先達て大夫殿へ案内す。彼思ふは、恐らく此の大夫にて金持ちの一旦那は、我が親方にて有るべしと、慢心顔にて居たりしが、大夫殿出でられければ、彼手代のいはく、此の度後室奥方両人共に参宮いたし候。万事宜しく御世話頼み存ずると、
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段曰く、扨て今の親方の致し方は、前に云ふ如く、今時の日傭取にも劣りたる仕方なり。親の代には、衣類も花美を好まれしに、今の親方は、木綿布子に生布の帷子、小倉帯に高宮羽織、加様に格別なる事を好む。是等はいかん。答ふ、先づ汝が心に大なる奢あり。如何となれば、同じ下々にて、我と日傭取とは、格別なりと思ふ。此れ即ち彼をいやしめ、我をたかぶるの奢なり。農工商は、一列に下々なり。然るに日傭取と我等如きと、何程違ひ有らんや。其れを賤しきと見るは心せばし。今の親方は、知有りて我をたかぶらず、上を恐れ身を下り、世に罕なる者なり。貴と賤しきとの分れを知るは礼なり。凡て衣服に、羽二重より上はなし、其れより木綿まで、何程の品あらん。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段天下の商人に背き、元銀は是、利は是とは分けがたきことなり。偽りにはあらず。是を偽りと云はば、売買なるまじ。売買ならずば、買ふ人は事を欠き、売る人は売れまじ。左様になりゆかば、商人は渡世なくなり、農工と成らん。商人皆農工とならば、財宝を通す者なくして、万民の難儀とならん。士農工商は、天下の治まる相けとなる。四民かけては、助け無かるべし。四民を治めたまふは、君の職なり。君を相くるは、四民の職分なり。士は元来位ある臣なり。農人は草莽の臣なり。商工は市井の臣なり。臣として君を相くるは臣の道なり。商人の売買するは、天下の相けなり。細工人に作料を給はるは工の禄なり。農人に作間を下さるることは、是も士の禄に同じ。
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『学問のすゝめ』初編・無知文盲の民ほど憐れむべきものはなし昨今の有様を見るに、農工商の三民はその身分以前に百倍し、やがて士族と肩を並ぶるの勢いに至り、今日にても三民のうちに人物あれば政府の上に採用せらるべき道すでに開けたることなれば、よくその身分を顧み、わが身分を重きものと思い、卑劣の所行あるべからず。およそ世の中に無知文盲の民ほど憐れむべく、また悪むべきものはあらず。智恵なきの極みは恥を知らざるに至り、己が無智をもって貧窮に陥り飢寒に迫るときは、己が身を罪せずしてみだりに傍の富める人を怨み、はなはだしきは徒党を結び強訴・一揆などとて乱暴に及ぶことあり。恥を知らざるとや言わん、法を恐れずとや言わん。天下の法度を頼みてその身の安全を保ち、その家の渡世をいたしながら、その頼むところのみを頼みて、己が私欲のためにはまたこれを破る、前後不都合の次第ならずや。あるいはたまたま身元慥かにして相応の身代ある者も、金銭を貯うることを知りて子孫を教うることを知らず。教えざる子孫なれば、その愚なるもまた怪しむに足らず。ついには遊惰放蕩に流れ、先祖の家督をも一朝の煙となす者少なからず。