玉勝間 / 七の巻 御世御世の大嘗月日悠紀主基国郡
右の件、同書にしるせるをとりてしるせり。ところどころ缺けたる事も有れば、誤れることも有らむか、知られねど、いとま無くて、え考へ正さず、唯だ本のままにしるせり。
新字:右の件、同書にしるせるをとりてしるせり。ところどころ欠けたる事も有れば、誤れることも有らむか、知られねど、いとま無くて、え考へ正さず、唯だ本のままにしるせり。
書き下し
右の件、同書にしるせるをとりてしるせり。ところどころ欠けたる事も有れば、誤れることも有らむか、知られねど、いとま無くて、え考え正さず、ただ本のままにしるせり。
現代語訳
右の一覧は、同じ書にしるしてあるものを取って記した。ところどころ欠けていることもあるので、誤っていることもあるかもしれないが、それはわからない。暇がなくて考え正すことができず、ただ元の本のままに記した。
解説
大嘗祭の一覧を写し終えた後に添えた断り書きである。所々に欠けがあり、誤りもあるかもしれないが、確かめる暇がないので原本のまま記した、と宣長は言う。実際に一覧には御禊の日付や屏風の書き手が抜けている代がある。ここで大事なのは、確かめていないものを確かめたかのように整えて出さない、という態度である。手を入れれば見た目は整うが、どこが原本でどこが推測かがわからなくなる。原本のままに示し、未検証であると明記すれば、後の人が別の史料と照らして正すことができる。宣長は古事記伝でも、底本の字と自分の考えを厳密に分けて示した。資料を扱う者にとって、自分の作業の限界を正直に書くことは、内容そのものと同じくらい大切な情報である。今の仕事でも、未確認の数字を未確認と明記することは信頼の基本である。
関連する章句
-
『玉勝間』十二の巻 大嘗会の斎場この書の初若菜の巻のはじめに出だせる、中臣の寿詞の中に、大嘗会の斎場とある、会の字は、宮の誤りなるべしと云いて、みやと訓めるはおのれふと心得たがえたるにて、なかなかに誤りなりき。本のままにてよろし。大嘗会の三字を、おおにえと訓むべし。斎場は、別に北野に於て、その地をト定めて、構え造らるる事にて、大嘗宮とは別なり。九月下旬、悠紀・主基二国より齎し参れる、諸の物も人も、まず斎場に詣でて、そこにてくさぐさの事有りて、十一月祭の当日に至りて、斎場より大嘗宮に運び奉る。その行列など、儀式に委しく見えたり。またはじめ二国の斎郡にも、斎場を構えて、物することなれば、ここはその国の斎場を云えるか、はた京の斎場か、いずれにても有るべし。
-
『玉勝間』七の巻 物書くに心すべき事古は、かたえの人も、皆心明らかなりしかば、いかに書きても、読みたがうる事無かりしかばこそ有れ、今の世は、みずからこそ心得たらめ、かたえの人は、心得たらねば、ともすれば、読みたがえ、写しひがむるたぐいのみ多かれば、いかにももの書くには、心すべきわざぞと、おのれは思いとりてぞ在る。さればおのが癖にて、つねに物書くに、読みたがえやせん、写しひがめやせんとのみ、心するほどに、もとよりいといと拙き手をいとどしじかみて、かたわには有るなり。また古言などは、殊に人の読みたがえ、誤る事多きを、いかであやまらず、正しく読ましめんとする程に、さらでも有るべき所にも、度ごとに仮字づけしなどして、心高き人には、わらわるるを、みずからも且つは知りながら、しみつきたる癖は、世に離れがたきわざになん。
-
『玉勝間』一の巻 また書紀の今の本は、もじの誤りもところどころ有り。また訓も、古言ながら、多くは今の京になりての云いざまにて、音便の詞などいと多きに、中にはまたいと古くめづらかにたふとき事もまじれるを、その訓おおくは全からず。あるいはなかば欠け、あるいはもじあやまりなど、すべてうるわしからず、しどけなきは、いといとくち惜しきわざなり。板本一つならでは世に無く、古き写し本はたいと稀なれば、これかれをくらべ見て、直すべき便りも無く、すべて今これをきよらにうるわしく、改め直さむ事は、いといとかたきわざなり。今の世の物知り人、おのれ古のこころ詞をうまらに明らめ得たりと思いがおなるも、なおひがことのみ多かれば、これ改めたらむには、中々の物ぞこないぞ多かるべき。されば今これをえり改めむとならば、文字の誤りをのみただして、訓をば、暫らくもとのままにて有らむかたぞ、まさりぬべき。
-
『玉勝間』一の巻 また続紀よりつぎつぎの史典も、今の本は、いづれもよろしからず、文字の誤りことに多く、脱けたることなども有り。そもそも、書紀は、訓大事なれば、たやすく手つけがたきを、続紀よりこなたの史は、宣命のところをおきてほかすべては、訓にことなること無く、ただ世のつねのから書の訓の如くにてよろしければ、今いかで三代実録までを、皆古き善き本を、これかれ読み合わせて、善きをえらびて、うるわしきえり板を成しおかまほしきわざなり。
-
『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事かくて神の社にまれ、御陵にまれ、歌枕にまれ、何にまれ、遥かなる古えのを、中頃とめ失いたるを、今の世にして、尋ね定めむことは、大かたたやすからぬわざになむ有りける。そのゆえを云わむには、まずこの古き所を尋ぬるわざは、ただに古の書どもを考えたるのみにては、知りがたし。いかに委しく考えたるも、書もて考え定めたる事は、その所にいたりて見聞けば、いたく違う事の多き物なり。よそながらは、定かならぬ所も、その国にては、さすがに書も伝え、語りも伝えて、まがい無き事も有り。さればみずからその地にいたりて、見もし、そこの事よく知れる人に、問い聞きなどもせでは、事たらわず。またただ一たび物して、見聞きたるのみにても、なおたらわず。行きて見聞きて立ちかえりて、またふみどもと考え合わせて、またまたも行きて、よく見聞きたるうえならでは、定めがたかるべし。さてまたそのところの人に逢いて、問い聞くにも、心得べき事くさぐさ有り。古えの事を、あまりたしかに知りがおに語るは、多くは、書のかたはしを、なまなまに考えなどしたるものの、己がさかしらもて、定め云うが多ければ、そはいと頼みがたく、中中の物そこないなり。
-
『玉勝間』八の巻 大嘗ゆきすきの国大嘗の悠紀主基は、かならず京より東と西なる国を、定めらるるように見えたれども、さしもあらざるにや。神亀元年の度は、由機備前の国、須機播磨の国なり。天平神護元年の度は、由機美濃の国、須伎越前の国なりき。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る