玉勝間 / 六の巻 夢のうき橋
然れば紫式部は、名所なる事を知らずして、かの歌なるをも、夢の事と思ひ誤れるにやあらん。此もの語に、夢の事として、卷の名につけたるより後は、ひたすら夢の事となれり。狹衣の歌にも、「はかなしや夢のわたりの浮はしをたのむ心の絶えもはてぬよ。
新字:然れば紫式部は、名所なる事を知らずして、かの歌なるをも、夢の事と思ひ誤れるにやあらん。此もの語に、夢の事として、巻の名につけたるより後は、ひたすら夢の事となれり。狭衣の歌にも、「はかなしや夢のわたりの浮はしをたのむ心の絶えもはてぬよ。
書き下し
然れば紫式部は、名所なる事を知らずして、かの歌なるをも、夢の事と思い誤れるにやあらん。このもの語に、夢の事として、巻の名につけたるより後は、ひたすら夢の事となれり。狭衣の歌にも、「はかなしや夢のわたりの浮はしをたのむ心の絶えもはてぬよ。
現代語訳
そうであれば紫式部は、名所であることを知らずに、あの歌にあるのをも夢のことと思い誤ったのであろうか。この物語で夢のこととして巻の名に付けてから後は、ひたすら夢のこととなった。狭衣物語の歌にも「はかないことよ、夢のわたりの浮橋を頼みにする心が、絶えきってしまうこともないとは」とある。
解説
前段を受けて、紫式部は「夢のわだ」が名所であることを知らず、夢のことと思い誤ったのではないか、と推した一段である。源氏物語が巻の名に用いてからは、夢の浮橋はもっぱら夢の意味となり、狭衣物語の歌もその流れで詠まれている、と例を挙げる。宣長は紫式部を深く敬い、もののあわれの論も源氏物語から立てた人だが、その紫式部にも言葉の取り違えがあったかもしれない、とためらわずに言う。影響力の大きい作品がひとたび言葉を新しい意味で使うと、もとの意味は忘れられてしまう。敬愛する相手の誤りも誤りとして見る目は、学ぶ者に欠かせない態度である。ただし宣長も「にやあらん」と推量にとどめている。
関連する章句
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