玉勝間 / 六の巻 蘇我ノ馬子が事
佛法に歸したる大臣の手本にて、此馬子ノ大臣は侍りけりとあらはなり。此大臣を、少しも德もおはしまさず。唯だ欽明の御子と云ふばかりにて、位につかせ給ひたる國王の、此大臣を殺さむとせさせ給ふ時、馬子の大臣、佛法を信じたる力にて、斯かる王を、我がころされぬさきに、失ひ奉りつるにて侍れば云云。推古の御けしきもやまじりたりけん、とまで道理のおさるるなり云云と云へり。のりなが云はく、此論は、あながちに佛法をいみしき物に立てむとして、中中に其道の、世のいみしきまが事なる程をあらはせるものにて、あまりに拙きしひごとなり。
新字:仏法に帰したる大臣の手本にて、此馬子ノ大臣は侍りけりとあらはなり。此大臣を、少しも徳もおはしまさず。唯だ欽明の御子と云ふばかりにて、位につかせ給ひたる国王の、此大臣を殺さむとせさせ給ふ時、馬子の大臣、仏法を信じたる力にて、斯かる王を、我がころされぬさきに、失ひ奉りつるにて侍れば云云。推古の御けしきもやまじりたりけん、とまで道理のおさるるなり云云と云へり。のりなが云はく、此論は、あながちに仏法をいみしき物に立てむとして、中中に其道の、世のいみしきまが事なる程をあらはせるものにて、あまりに拙きしひごとなり。
書き下し
仏法に帰したる大臣の手本にて、この馬子の大臣は侍りけりとあらわなり。この大臣を、少しも徳もおわしまさず。ただ欽明の御子と云うばかりにて、位につかせ給いたる国王の、この大臣を殺さむとせさせ給う時、馬子の大臣、仏法を信じたる力にて、かかる王を、我がころされぬさきに、失い奉りつるにて侍れば云云。推古の御けしきもやまじりたりけん、とまで道理のおさるるなり云云と云えり。のりなが云わく、この論は、あながちに仏法をいみしき物に立てむとして、中中にその道の、世のいみしきまが事なる程をあらわせるものにて、あまりに拙きしいごとなり。
現代語訳
仏法に帰依した大臣の手本として、この馬子の大臣はあったのだと明らかである。少しの徳もおありでなく、ただ欽明天皇の御子というだけで位におつきになった国王が、この大臣を殺そうとなさったとき、馬子の大臣は仏法を信じた力によって、そのような王を、自分が殺される前に亡き者にし申し上げたのでございますから、云々。推古天皇のお気持ちもそこに混じっていたのであろうか、とまで道理が推し量られるのである、云々と言っている。宣長が言う。この論は、無理に仏法を尊いものに立てようとして、かえってその道が世にとってひどい禍であることを露わにしたもので、あまりにも拙いこじつけである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』六の巻 蘇我ノ馬子が事愚管抄に云わく、崇峻天皇の、馬子の大臣にころされ給いて、大臣にすこしのとがをも行われず、善き事をしたる体にて、さて止みたる事は、いかに問うとも、昔の人も、あやめさたしおくべし。今の人も、またこれを心得べし。日本国には、当時国王をころしまいらせたる事は、大かた無し。またあるまじと、ひしと定めたる国なり。それにこの王と安康天皇とばかりなり。その安康は、七歳なるむまごのまゆわの王子に、ころされ給いにけるは、やがてまゆわの王子も、その時殺されにければ、いかがはせん云云。この崇峻のころされ給うようは云云。それにすこしのとがも無くて、つつらとして有るべしやは。中にも聖徳太子おわしますおりにて、太子は、いかにさては御さたも無くて、やがて馬子と一つ心にて、おわしましけるぞと、世に心得ぬ事にて有るなり。この事をふかく案ずるに、ただせんは、仏法にて皇法をまもらんずるぞ。仏法無くては、仏法わたりぬるうえは、王法はえ有るまじきぞと云うことわりを、あらわさんりょうと、また物の道理には、一定軽重の有るを、重きにつきて、軽きを捨つるぞと云うことわりと、この二つを、ひしとあらわされたるにて侍るなり云云。
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『玉勝間』十四の巻 君を弑奉り父を弑せるたぐひのまがこと書紀の履中天皇の御巻に、刺領巾と云う者、己が君住吉仲皇子を刺し殺し奉る。崇峻天皇の御巻に、蘇我の馬子、人をして天皇を殺し奉らしむ。天皇を弑し奉れる者は、この蘇我の奴をおきては、他に無し。眉輪王の安康天皇を弑し奉り給いしは、王子なり。又御父の仇に坐ししかば、同じさまには申し難し。景行天皇の御巻に、日向の国の市乾鹿文と云いし女、父を殺さしむ。雄略天皇の御巻に、樟媛その夫弟君を殺す。但しこの二つは、朝廷の御ために、忠なるしわざなりしかば、ひたぶるには云い難し。同じ御巻に、庵城部の連枳苣喩、その子武彦を殺す。推古天皇の御巻に、一僧斧を執りてその祖父を殴つ。おおかたかかるまが事ども、書紀に見えたる、僅かにただこれらのみこそあれ。もろこしの戎国の、周と云いし代よりこなた世々に、君を殺し、父を殺したりしたぐいの、書どもにしるせる、いと多きと、くらべ思いて、国がらの善さ悪しさ、又道の験のまさり劣りをも、さとるべし。そもそもかの周公旦、道をつくりそなえて、君を殺せ、父を殺せとは、教えざれども、おのずからかくこそ有りけれ。
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『玉勝間』七の巻 もろこしに名高き物しり人の仏法を信じたりし事仏の道は、もろこしの国にて、世々に名高き儒者などの中にも、信じ尊みたるが、あまた聞こゆるによりては、まことに捨てがたき物にこそ、と思う人あんめれど、かのもろこしにて、然か名高き物知り人どもの、仏を信じ尊みたるようなるは、まことの心に信じ尊みたるは、いと少なくて、多くはただもてあそびたるにこそ有れ。さるは彼の道の説けるよう、あやしく広く大きにして、この世のほかを、とおく深く、さとり明らめたるさま、すべての心の掟など、めずらかにおかしき物なるが故に、詩作る人などは、更にも云わず、さらぬも、これをもてあそびて、風流のたすけにぞしたんめる。またその諸宗に、高僧と聞こゆる法師どもの中にも、実に尊み信じて、行いたるには有らで、世の中の人に尊まれ、いさぎよくいみしき名をとどめて、後の世まで仰がれむ為に、その道の書を深く学び、もろもろの欲をも忍び、たえがたき行いをもして、まことしげに振る舞いたるぞ、多く見えたんめる。そもそも利のため名のためには、命をさえに、惜しまぬたぐいも有るわざなれば、何かは、それはた怪しむべき事にも有らずかし。
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『玉勝間』二の巻 神典のときざま中昔よりこなた、神典を説く人ども、古の意言をばたずねむ物とも思いたらず、ただひたぶるに、外国の儒仏の意にすがりて、その理をのみ思いさだして、万葉を見ず、むげに古の意言を知らざるが故に、かのから意のことわりの外に、別に古の旨ありて、明らかなることをえ知らず、これによりて古のむねはことごとくうずもれて顕れず、神の御ふみも、皆から意になりて、道明らかならざるなり、かくておのが神の御書をとく趣は、世のつねの説どもとはいたく異にして、世世の人のいまだ云わざる事どもなる故に、世の学者、とりどりにとがむる事おおし。されどそはただ、さきの人人の、ひたすら漢意にすがりて説きたる説をのみ聞きなれて、みずからも同じく、いまだからごころのくせの清く去らざるから、そのわろき事をえさとらざるものなり。おのが云うおもむきは、ことごとく古事記書紀にしるされたる、古の伝説のままなり。世の人人の云うは、皆そのまどい居る漢意に説き曲げたるわたくし事にて、いたく古の伝説と異なり。このけじめは、古事記書紀をよく見ば、おのずから分かるべき物をや。もしおのが説をとがめむとならば、まず古事記書紀をとがむべし。この御典どもを信ぜんかぎりは、おのが説をとがむる事えじ。
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『玉勝間』十四の巻 仏道仏道は、ただ悟りと迷いとをわきまえて、その悟りを得るのみにして、その余の事はみな枝葉のみなり。かくてその悟りと云う物、また無用の空論にして、露も世に益ある事無し。しかるを、世の人、その枝葉の方便にまどえるは、いかなる愚かなる心ぞや。
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