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玉勝間 / 六の巻 南殿の御階の桜橘

庄無くは、いかにしてかは、おほやけわたくし候べき。近代の上達部、おほく國を賜はり候は、封戶の無きかする事なめりと思候に、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。又云はく、近代となりて、こはき物のうへに、猶こはき物を着かためて、こしあて、かふりとどめ、ゑぼしとどめなど申ッて、ちからも及ばず、したてあひて候なるに、しほしほくたくたとして、あさましげなる雜色一二人ばかりぐして云云。

新字:庄無くは、いかにしてかは、おほやけわたくし候べき。近代の上達部、おほく国を賜はり候は、封戸の無きかする事なめりと思候に、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。又云はく、近代となりて、こはき物のうへに、猶こはき物を着かためて、こしあて、かふりとどめ、ゑぼしとどめなど申ッて、ちからも及ばず、したてあひて候なるに、しほしほくたくたとして、あさましげなる雑色一二人ばかりぐして云云。

書き下し

庄無くは、いかにしてかは、おおやけわたくし候うべき。近代の上達部、おおく国を賜わり候うは、封戸の無きかする事なめりと思い候うに、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。また云わく、近代となりて、こわき物のうえに、なおこわき物を着かためて、こしあて、こうぶりとどめ、えぼしとどめなど申して、ちからも及ばず、したてあいて候うなるに、しおしおくたくたとして、あさましげなる雑色一二人ばかりぐして云云。

現代語訳

荘園がなかったら、どうやって公私の務めを果たすことができましょうか。近ごろの上達部が多く国を賜っておりますのは、封戸がないのを補うためのことであろうと思っておりましたのに、それを召し上げられるのは、どうにもならないことです、云々。またいうには、近ごろになって、硬く張った衣の上に、さらに硬い衣を着固めて、腰当て、冠止め、烏帽子止めなどと申して、どうしようもないほど仕立て合わせておりますのに、しおしおと、くたくたになった、みすぼらしい雑色を一人二人ばかり連れて、云々。

解説

前段に続けて、大槐秘抄から、上達部の収入の窮状と、近ごろの装束の流行への批判を抜き出した一段である。大槐秘抄は平安末期の太政大臣藤原伊通が二条天皇に奉った意見書とされる。封戸の収入が途絶え、荘園も国の割り当ても召し上げられては、公の務めも私の暮らしも立たない、と訴える。後半は、糊で固く張らせた衣を重ね、腰当てや冠止めで身を固める強装束の流行を、連れている供のみすぼらしさと対比して皮肉っている。宣長は評を加えないが、平安末期の貴族社会が、収入の細りと見栄の張り合いとの間で揺れていた様子が、当事者の言葉で伝わる。外見を飾る流行ほど、内側の窮乏を映すことがある。

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