玉勝間 / 六の巻 南殿の御階の桜橘
庄無くは、いかにしてかは、おほやけわたくし候べき。近代の上達部、おほく國を賜はり候は、封戶の無きかする事なめりと思候に、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。又云はく、近代となりて、こはき物のうへに、猶こはき物を着かためて、こしあて、かふりとどめ、ゑぼしとどめなど申ッて、ちからも及ばず、したてあひて候なるに、しほしほくたくたとして、あさましげなる雜色一二人ばかりぐして云云。
新字:庄無くは、いかにしてかは、おほやけわたくし候べき。近代の上達部、おほく国を賜はり候は、封戸の無きかする事なめりと思候に、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。又云はく、近代となりて、こはき物のうへに、猶こはき物を着かためて、こしあて、かふりとどめ、ゑぼしとどめなど申ッて、ちからも及ばず、したてあひて候なるに、しほしほくたくたとして、あさましげなる雑色一二人ばかりぐして云云。
書き下し
庄無くは、いかにしてかは、おおやけわたくし候うべき。近代の上達部、おおく国を賜わり候うは、封戸の無きかする事なめりと思い候うに、召さるるこそ、ちから及ばぬことなれ云云。また云わく、近代となりて、こわき物のうえに、なおこわき物を着かためて、こしあて、こうぶりとどめ、えぼしとどめなど申して、ちからも及ばず、したてあいて候うなるに、しおしおくたくたとして、あさましげなる雑色一二人ばかりぐして云云。
現代語訳
荘園がなかったら、どうやって公私の務めを果たすことができましょうか。近ごろの上達部が多く国を賜っておりますのは、封戸がないのを補うためのことであろうと思っておりましたのに、それを召し上げられるのは、どうにもならないことです、云々。またいうには、近ごろになって、硬く張った衣の上に、さらに硬い衣を着固めて、腰当て、冠止め、烏帽子止めなどと申して、どうしようもないほど仕立て合わせておりますのに、しおしおと、くたくたになった、みすぼらしい雑色を一人二人ばかり連れて、云々。
解説
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 勝手逼迫の因既に近来、諸大名の家家用脚足らず、多くは御勝手大に逼迫するは、全く此故也。昔は諸大名何れも年年に大さうなる軍役抔を勤められし時すら、今の如く逼迫する事は無して豊かなりしに、今の世は竟に軍役抔は勤め玉ふ事もなく、知行の物成は新田抔も出来て多くこそなりつれ、昔より減じたる事はなきに、却て御勝手の甚逼迫するはいかなる事ぞや。全く是世上次第に華美になり、いつとなく自然に御身分の余り重重敷成て、何に付ても御物入の昔よりは格別に多きが故也。然りとて、目に見えては先例と格別に變りたる事も有まじけれ共、只目に見えざる事共に大に變り来ぬる事多かるべし。扨、御身分の重重敷によりて次第に御物入の多くなれる訳は、先眼前には飲食衣服、扨は調度抔なれ共、是らは大名の御身上にては何程の事にもあらず。
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『秘本玉くしげ』上 収納十倍でも足らずすべてつねづね右の事共の手当をも丈夫にして、其余のところをはかりて年年の御用脚をまかなひ玉はんには、格別の御逼迫はあるまじき道理なるに、右の御手当ども行とどきがたきのみならず、あまつさへ年年定まれる御まかなひさへ出来がたき家家の多きはいかなる事ぞや。古へは下民より上る物、今の年貢にくらぶれば甚いささかなることにて有し時代すら、今の如く上の逼迫し玉ふ事はなくして、民を救ひ玉ふ筋も随分ゆきとどきて、凶年なれば年貢をも或は半分も減ぜられ、時によりては皆ながらも免し玉へる事も有て、またそれぞれの御手当などもよく出来てとほりし也。然るに今は、臨時に年貢を過分に免し玉ふこともなく、惣体の御収納も古へには十倍せるに、なほ用脚の足らざるは、惣体の事の取扱ひあまりにおもおもしく、無益の事繁多にして、御物入の過分に多きが故ならずや。さて中下の武家の多く内證困窮するも、又同じく分限不相応に身分重重しく、諸事花美になりて物入多き故也。
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『玉勝間』十一の巻 強装束衣紋男の眉をぬき鬚をはさみ歯を染る事同じ書にいわく。およそ装束の衣紋、上代は沙汰に及ばず、鳥羽院の御代より、強き装束を用うる故に、衣紋の沙汰出で来ぬるなるべし。上代は皆大装束とて、ふくさにて、強くは調えざるなり。然れども鳥羽院已前の人の影を書くとて、鳥羽院已後初まりたる、強装束の衣紋を書きたるは、絵師の不覚なり云云。およそかの御代已前は、男眉の毛を抜き、鬚をはさみ、金を付くる事一切これ無し、末代に及びて毎度矯飾の至りなり。
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『秘本玉くしげ』上 身分の奢り身分を重重敷するは、奢りとは別の事の様なれ共、是即大なる奢り也。其中に平人の奢りは、其身一分ぎりの事のみにては害の他に及ぶ事はなきを、上たる人の奢りは、其害領内に及ぶ事也。惣体治平の代久しく続く時は、いつとなく世上物事華美に成て、漸漸に人の身持も重重敷なる事なるを、時時に是を押へずして捨置時は、年年月月に長し行て際限なく、次第次第に世上困窮に及びて、竟に如何敷事の起る也。
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『秘本玉くしげ』上 徒党と強訴たとへば衣服など、昔はもめんならでは用ひざりし程の者も、今はおしなべて衿帯などは絹類をも用ふるやうになり、むかしは藁筵ならでは敷ざりしほどの屋も、今は畳を敷くやうになり、昔は雨中に蓑笠わらんづにてありきし者も、今は傘をさし屐をはくやうになれり。これらに准じて、余の事にも此類多くして物入多き也。百姓町人大勢徒党して強訴濫放することは、昔は治平の世にはおさおさうけ玉はり及ばぬこと也。近世になりても先年はいとまれなる事なりしに、近年は所所にこれ有てめづらしからぬ事になれり。これ武士にあづからず、畢竟百姓町人のことなれば何ほどの事にもあらず、小事なるには似たれ共、小事にあらず、甚大切の事也。いづれも困窮にせまりてせん方なきよりおこるとはいへども、詮ずる所、上を恐れざるより起れり。下民の上をおそれざるは乱の本にて、甚容易ならざる事にて、まづ第一その領主の恥辱これに過たるはなし。
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『秘本玉くしげ』上 定まれる禄惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて国政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる禄なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる禄あれば、其分限相応にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御収納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手当はなくてかなはぬ事。又公儀の御手伝などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手当も有べき事なり。又凶年などに御領内の民をば随分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。
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