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玉勝間 / 五の巻 しほじり

尾張人天野ノ信景があらはせる、鹽尻と云ふふみは、いせ物語のしほじりの事を、はじめに云へる故に、然か名附けたるなり。それに云はく、歌人しほじりを秘とす。われ海濱に遊びて、鹽竈を見しに、海民鹽をやくに廬邊に砂を聚めて、堆をなし畦をなす、潮水來りて砂畦をひたす、所によりては、潮を汲てひたすなり。日日にかくして後に、砂を積み山の樣を作りて、日にさらす、これをしほじりと云へり。實に富士の形に似たり。歌客京に居て、海邊の事にうとく、時去て知る人無くなれるなり、としるせり。此云へるやうは、少したがへるにやと覺しけれど、しほじりと云ふ物は是れなり。おのれも、鹽やく濱を所所見しに、砂を積みあげて、塚のごとしたる物、いくつとも無く有て、まことに富士の山をたとふべき形したる物なり。師の古意には、眞名本に、なりはを、鳴者と書るをとりて、かの山の鳴澤の鳴ル音として、しほじりを、難波の川尻の事なりと云はれたるは、いといと信られぬ說なり。川尻ならば、やがて川じりとこそ云ふべけれ、いかでか鹽じりとは云はむ。されば川尻を、然か云へる例も無く、ことわりもたがへる事なり。

新字:尾張人天野ノ信景があらはせる、塩尻と云ふふみは、いせ物語のしほじりの事を、はじめに云へる故に、然か名附けたるなり。それに云はく、歌人しほじりを秘とす。われ海浜に遊びて、塩竈を見しに、海民塩をやくに廬辺に砂を聚めて、堆をなし畦をなす、潮水来りて砂畦をひたす、所によりては、潮を汲てひたすなり。日日にかくして後に、砂を積み山の様を作りて、日にさらす、これをしほじりと云へり。実に富士の形に似たり。歌客京に居て、海辺の事にうとく、時去て知る人無くなれるなり、としるせり。此云へるやうは、少したがへるにやと覚しけれど、しほじりと云ふ物は是れなり。おのれも、塩やく浜を所所見しに、砂を積みあげて、塚のごとしたる物、いくつとも無く有て、まことに富士の山をたとふべき形したる物なり。師の古意には、真名本に、なりはを、鳴者と書るをとりて、かの山の鳴沢の鳴ル音として、しほじりを、難波の川尻の事なりと云はれたるは、いといと信られぬ説なり。川尻ならば、やがて川じりとこそ云ふべけれ、いかでか塩じりとは云はむ。されば川尻を、然か云へる例も無く、ことわりもたがへる事なり。

書き下し

尾張人天野の信景があらわせる、塩尻と云うふみは、いせ物語のしおじりの事を、はじめに云える故に、然か名附けたるなり。それに云わく、歌人しおじりを秘とす。われ海浜に遊びて、塩竈を見しに、海民塩をやくに廬辺に砂を聚めて、堆をなし畦をなす、潮水来たりて砂畦をひたす、所によりては、潮を汲みてひたすなり。日々にかくして後に、砂を積み山の様を作りて、日にさらす、これをしおじりと云えり。実に富士の形に似たり。歌客京に居て、海辺の事にうとく、時去りて知る人無くなれるなり、としるせり。この云えるようは、少したがえるにやと覚しけれど、しおじりと云う物はこれなり。おのれも、塩やく浜を所々見しに、砂を積みあげて、塚のごとしたる物、いくつとも無く有りて、まことに富士の山をたとうべき形したる物なり。師の古意には、真名本に、なりはを、鳴者と書けるをとりて、かの山の鳴沢の鳴る音として、しおじりを、難波の川尻の事なりと云われたるは、いといと信じられぬ説なり。川尻ならば、やがて川じりとこそ云うべけれ、いかでか塩じりとは云わむ。されば川尻を、然か云える例も無く、ことわりもたがえる事なり。

現代語訳

尾張の人、天野信景が著した『塩尻』という書は、伊勢物語の「しおじり」のことを初めに述べているので、そう名づけたのである。それに言うには、「歌人は『しおじり』を秘事としている。私は海辺に遊んで塩竈を見たが、海辺の民は塩を焼くのに、小屋のあたりに砂を集めて、うず高く積んだり畦を作ったりする。潮水が来て砂の畦をひたす。場所によっては潮を汲んでひたすのである。毎日こうした後に、砂を積んで山の形を作り、日にさらす。これを『しおじり』という。本当に富士の形に似ている。歌人は京にいて海辺のことに疎く、時がたって知る人がいなくなったのである」と記している。この言っている様子は、少し違っているのではないかと思われるが、「しおじり」というものはこれである。私も塩を焼く浜をあちこちで見たが、砂を積み上げて塚のようにしたものが数知れずあって、まことに富士の山にたとえられる形をしたものである。師(賀茂真淵)の『伊勢物語古意』では、真名本に「なりは」を「鳴者」と書いているのを取って、あの山(富士)の鳴沢の鳴る音のこととし、「しおじり」を難波の川尻のことだと言われたのは、まったく信じられない説である。川尻ならそのまま「川じり」と言うはずで、どうして「塩じり」と言おうか。だから川尻をそう言った例もなく、道理にも違っている。

解説

伊勢物語の東下りで、富士山の形を「しおじり」のようだとたとえた箇所の解釈をめぐる段である。尾張の学者天野信景は、随筆『塩尻』で、塩田で砂を山形に積み上げたものを「しおじり」と呼び、まさに富士の形だと記した。宣長も自分で塩浜を見て、砂を積んだ塚がいくつも並ぶ様子を確かめ、この説を支持する。一方、師の真淵は、真名本の「鳴者」という表記に引かれて、富士の鳴沢の音を難波の川尻にたとえたものだとした。宣長はこれを、川尻なら「かわじり」と言うはずで「しおじり」と呼ぶ例も道理もない、と退ける。偽書と断じた真名本の表記に頼ったことが、師を誤らせたとも読める。書物の中だけで考えず、自分の目で現物を見て確かめる。宣長の学問の足腰の強さがよく表れている。

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