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玉勝間 / 五の巻 また

いせ物語の眞字本の假字の、いとみだりがはしきは、誤りて然るには有らじ。かなつかひと云ふ事を、信ずして、かかはるまじき事を、知らしめむとて、殊更にみだりてぞ、すさび書きつらん、と云ふ人も有り。さるまじきにも有らず。されど若しさも有らむには、いよいよおかしからぬものなり。その故は、すべて假字づかひに心して、正さむとするは、すでに亂れての後の世の事なるに、又それをうけずして、かかはるまじき事にせんは、すでに正すわざあるがうへの事なれば、又いよいよ後の世の事なればなり。

新字:いせ物語の真字本の仮字の、いとみだりがはしきは、誤りて然るには有らじ。かなつかひと云ふ事を、信ずして、かかはるまじき事を、知らしめむとて、殊更にみだりてぞ、すさび書きつらん、と云ふ人も有り。さるまじきにも有らず。されど若しさも有らむには、いよいよおかしからぬものなり。その故は、すべて仮字づかひに心して、正さむとするは、すでに乱れての後の世の事なるに、又それをうけずして、かかはるまじき事にせんは、すでに正すわざあるがうへの事なれば、又いよいよ後の世の事なればなり。

書き下し

いせ物語の真字本の仮字の、いとみだりがわしきは、誤りて然るには有らじ。かなづかいと云う事を、信ぜずして、かかわるまじき事を、知らしめむとて、殊更にみだりてぞ、すさび書きつらん、と云う人も有り。さるまじきにも有らず。されど若しさも有らむには、いよいよおかしからぬものなり。その故は、すべて仮字づかいに心して、正さむとするは、すでに乱れての後の世の事なるに、又それをうけずして、かかわるまじき事にせんは、すでに正すわざあるがうえの事なれば、又いよいよ後の世の事なればなり。

現代語訳

伊勢物語の真名本の仮名遣いがひどく乱れているのは、誤ってそうなったのではあるまい。仮名遣いというものを信じないで、こだわる必要のないことだと知らせようとして、わざと乱して気ままに書いたのだろう、と言う人もいる。そういうこともあり得ないではない。けれども、もしそうであるなら、いよいよ感心しないものである。その理由は、そもそも仮名遣いに気をつけて正そうとするのは、すでに仮名遣いが乱れた後の世のことであり、さらにそれを受け入れずに、こだわる必要はないとするのは、すでに正す営みがあったうえでのことなので、またいっそう後の世のことになるからである。

解説

前の段の続きで、真名本の仮名遣いの乱れはわざとだ、という反論を取り上げて切り返した段である。仮名遣いなどにこだわる必要はないと示すために、作者があえて乱して書いたのだという説がある。宣長はその可能性を否定しないが、もしそうなら本の年代はますます下がると言う。仮名遣いを正そうとする動きは、仮名遣いが乱れた後に起こる。その正そうとする動きに反発して、こだわるなと主張するのは、さらにその後のことだからである。契沖が歴史的仮名遣いを説き、それに賛否が出たのは宣長の時代に近い。論争の段階を順に並べて、主張の置かれた時代を割り出す推理である。わざとだと言い訳しても、その言い訳自体が時代を語ってしまうという、鮮やかな論法になっている。

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