玉勝間 / 四の巻 長谷をはせと云ふ事
紀ノ長谷雄ノ朝臣、常にははせをと讀めども、六帖にはつせをと、假字にて書り。但し兼輔卿ノ集貫之ノ集などに、詞書に、はせと云へる所あり。信明ノ集には、芭蕉葉をかくして、長谷をばと詠める歌も有り。
新字:紀ノ長谷雄ノ朝臣、常にははせをと読めども、六帖にはつせをと、仮字にて書り。但し兼輔卿ノ集貫之ノ集などに、詞書に、はせと云へる所あり。信明ノ集には、芭蕉葉をかくして、長谷をばと詠める歌も有り。
書き下し
紀の長谷雄の朝臣、常にははせおと読めども、六帖にははつせおと、仮字にて書けり。ただし兼輔卿の集、貫之の集などに、詞書に、はせと云える所あり。信明の集には、芭蕉葉をかくして、長谷をばと詠める歌も有り。
現代語訳
紀長谷雄朝臣(平安前期の学者)の名は、普通は「はせお」と読むけれども、古今和歌六帖には「はつせお」と仮名で書いている。ただし藤原兼輔卿の家集や紀貫之の家集などに、詞書に「はせ」と言っている所がある。源信明の家集には、「芭蕉葉(ばせおば)」を隠し題にして、「長谷をば」と詠んだ歌もある。
解説
地名「長谷」を「はせ」と読むか「はつせ」と読むかを、人名の読みから考えた一段である。紀長谷雄の名は普通「はせお」と読むが、古今和歌六帖には「はつせお」と仮名で書かれている。一方で、兼輔や貫之の家集の詞書には「はせ」とあり、源信明の集には、物の名を歌の中に詠み込む隠し題で「芭蕉葉」を「長谷をば」と詠み込んだ歌がある。つまり平安の頃すでに「はつせ」と「はせ」の両方の読みが行われていた、という証拠が並ぶ。長谷はもと「泊瀬(はつせ)」で、それがつづまって「はせ」になったものである。宣長は結論を明言しないが、仮名書きの用例や言葉遊びの歌までを証拠として拾っている。遊びの歌にも、当時の発音の確かな記録が残っているのである。
関連する章句
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