玉勝間 / 四の巻 蓮葉のはひと云ふ物
和名抄に、蔤、爾雅云、其本蔤、郭璞注云、莖下白蒻、在泥中者也、和名波知須乃波比、このはじめの蔤ノ字を、今のすり本に、藕と書るは誤りなり。今は古本によりて引り。藕は、古本には別にあげて、波知須乃禰と有り。延喜ノ内膳式に、荷葉、稚葉七十五枚、波斐四把半云云、はひは、葉につきたる物ならぬに、歌にはちす葉のはひと詠めるは、いかがなるやうなれども、葉ならで唯だ蓮をも、はちす葉と、歌には多く詠めれば、はちすのはひと云ふこころなり。
新字:和名抄に、蔤、爾雅云、其本蔤、郭璞注云、茎下白蒻、在泥中者也、和名波知須乃波比、このはじめの蔤ノ字を、今のすり本に、藕と書るは誤りなり。今は古本によりて引り。藕は、古本には別にあげて、波知須乃祢と有り。延喜ノ内膳式に、荷葉、稚葉七十五枚、波斐四把半云云、はひは、葉につきたる物ならぬに、歌にはちす葉のはひと詠めるは、いかがなるやうなれども、葉ならで唯だ蓮をも、はちす葉と、歌には多く詠めれば、はちすのはひと云ふこころなり。
書き下し
和名抄に、蔤、爾雅に云う、その本は蔤、郭璞が注に云う、茎の下の白き蒻、泥中に在る者なり、和名波知須乃波比、このはじめの蔤の字を、今のすり本に、藕と書けるは誤りなり。今は古本によりて引けり。藕は、古本には別にあげて、波知須乃禰と有り。延喜の内膳式に、荷葉、稚葉七十五枚、波斐四把半云々、はいは、葉につきたる物ならぬに、歌にはちす葉のはいと詠めるは、いかがなるようなれども、葉ならでただ蓮をも、はちす葉と、歌には多く詠めれば、はちすのはいと云うこころなり。
現代語訳
和名抄に「蔤。爾雅に言う、その根元は蔤である。郭璞の注に言う、茎の下の白い若芽で泥の中にあるものである。和名は、はちすのはい」とある。この初めの「蔤」の字を、今の版本に「藕」と書いているのは誤りである。今は古写本によって引いた。「藕」は古写本では別に挙げて、「はちすのね」とある。延喜式の内膳司の式に「荷葉、稚葉七十五枚、はい四把半」云々とある。「はい」は葉に付いている物ではないのに、歌に「はちす葉のはい」と詠んでいるのは、どうかと思われるようだが、葉でなくただ蓮のことをも、歌では「はちす葉」と多く詠んでいるので、「はちすのはい」という意味なのである。
解説
関連する章句
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