玉勝間 / 三の巻 太宰帥の帥ノ字の訓み
帥ノ字には二ッの音ありて、其意かはれり。帥某と、ひきうの時は、所律反にて、シユツ、ソツの音なり。將帥、主帥、元帥など、その主とある人を云ふときは、所類ノ反にて、スヰの音なり。さて太宰ノ帥は、かの府の長官なれば、スヰの音なるべき事なるに、古、より所律ノ反の方の音を用ひて、ソツと唱へ來つるは、いかなる故にか。古、かばかりの事誤るべきにはあらぬを、ゆゑ有る事なるべし。
新字:帥ノ字には二ッの音ありて、其意かはれり。帥某と、ひきうの時は、所律反にて、シユツ、ソツの音なり。将帥、主帥、元帥など、その主とある人を云ふときは、所類ノ反にて、スヰの音なり。さて太宰ノ帥は、かの府の長官なれば、スヰの音なるべき事なるに、古、より所律ノ反の方の音を用ひて、ソツと唱へ来つるは、いかなる故にか。古、かばかりの事誤るべきにはあらぬを、ゆゑ有る事なるべし。
書き下し
帥の字には二つの音ありて、其意かわれり。帥某と、ひきいるの時は、所律の反にて、シュツ、ソツの音なり。将帥、主帥、元帥など、その主とある人を云うときは、所類の反にて、スイの音なり。さて太宰の帥は、かの府の長官なれば、スイの音なるべき事なるに、古より所律の反の方の音を用いて、ソツと唱え来つるは、いかなる故にか。古、かばかりの事誤るべきにはあらぬを、ゆえ有る事なるべし。
現代語訳
「帥」の字には二つの音があって、その意味が異なる。「某を帥(ひき)いる」と率いる意味のときは、所律の反切で「シュツ」「ソツ」の音である。将帥・主帥・元帥など、その長である人を言うときは、所類の反切で「スイ」の音である。さて大宰帥は、あの府の長官であるから「スイ」の音であるべきなのに、昔から所律の反切の方の音を用いて「ソツ」と唱えてきたのは、どういう理由であろうか。昔の人がこれほどのことを誤るはずはないので、何か理由のあることなのであろう。
解説
関連する章句
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