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玉勝間 / 三の巻 神武天皇の御陵

されどなほ綏靖天皇の御は、必ず今云ふ所にはあらじと思はるるを、今それと申すは、いづれの帝の御ならむ。こは猶いぶかしくこそおぼゆれ。さて此英齋と云ふ人は、すべて御世御世の天皇の御陵を始め奉りて、皇后皇子皇女たちなどの御墓まで、廣く考へて、陵墓志と云ふ物をあらはさむとすとて、かつがつ書出たるをも、見せたりしは、己れはた常に深く思ひわたるすぢの事なれば、いといと嬉しくて、必ズ成し終へられよと、かへすがへす勸め置きしは、いかになりぬらむ、そののちは知らずなん。

新字:されどなほ綏靖天皇の御は、必ず今云ふ所にはあらじと思はるるを、今それと申すは、いづれの帝の御ならむ。こは猶いぶかしくこそおぼゆれ。さて此英斎と云ふ人は、すべて御世御世の天皇の御陵を始め奉りて、皇后皇子皇女たちなどの御墓まで、広く考へて、陵墓志と云ふ物をあらはさむとすとて、かつがつ書出たるをも、見せたりしは、己れはた常に深く思ひわたるすぢの事なれば、いといと嬉しくて、必ズ成し終へられよと、かへすがへす勧め置きしは、いかになりぬらむ、そののちは知らずなん。

書き下し

されどなお綏靖天皇の御は、必ず今云う所にはあらじと思わるるを、今それと申すは、いずれの帝の御ならむ。こは猶いぶかしくこそおぼゆれ。さて此英斎と云う人は、すべて御世御世の天皇の御陵を始め奉りて、皇后皇子皇女たちなどの御墓まで、広く考えて、陵墓志と云う物をあらわさむとすとて、かつがつ書き出でたるをも、見せたりしは、己れはた常に深く思いわたるすじの事なれば、いといと嬉しくて、必ず成し終えられよと、かえすがえす勧め置きしは、いかになりぬらむ、そののちは知らずなん。

現代語訳

けれどもやはり、綏靖天皇の御陵は必ずしも今言う所ではないだろうと思われるが、そうすると今それと申しているのは、どの帝の御陵であろうか。これはやはり不審に思われる。さてこの英斎という人は、およそ代々の天皇の御陵をはじめとして、皇后・皇子・皇女たちなどの御墓まで広く考えて、『陵墓志』というものを著そうとしていると言って、ひとまず書き出したものも見せてくれた。私もまた常に深く思い続けている方面のことなので、たいへん嬉しくて、必ず完成させなさいと繰り返し勧めておいたが、どうなったであろうか、その後のことは知らない。

解説

前段で竹口英斎の説に従った宣長だが、それでも綏靖天皇陵については、今の場所ではないだろうという疑いを残し、では今の綏靖陵は誰の陵なのかと問いを開いたままにしている。一つを認めても、全部を鵜呑みにはしない。そのうえで、英斎が歴代天皇から皇后・皇子・皇女の墓までを調べて『陵墓志』をまとめようとしていたことを記し、自分も常に深く思っている分野なので嬉しく、必ず完成させるよう繰り返し勧めたと書く。自分の説を覆した相手を、ライバルではなく同じ志の仲間として励ましている。そして、その後どうなったかは知らない、と結ぶ一言に、在野の研究者の仕事が埋もれていくことへの気がかりがにじんでいる。

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