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玉勝間 / 三の巻 としみ

その佛事に、精進したるとしみの儀式なり。さて言の意を考るに、魚食ふ事を忌たるを、落るよしにて、おとしいみと云ふを、つづめたるなるべし。精進をおつと云ふ詞、土佐日記に、ふなぎみせちみす、さうじ物なければ、午の時より後に、かぢとりのきのふつりたりし鯛に、錢無ければ、よねをとりかけて、おちられぬと見えたり。此としみの事、後に考ふれば、早く契沖も、精進の後、魚くひそむる事と聞えたり、と云へりき。

新字:その仏事に、精進したるとしみの儀式なり。さて言の意を考るに、魚食ふ事を忌たるを、落るよしにて、おとしいみと云ふを、つづめたるなるべし。精進をおつと云ふ詞、土佐日記に、ふなぎみせちみす、さうじ物なければ、午の時より後に、かぢとりのきのふつりたりし鯛に、銭無ければ、よねをとりかけて、おちられぬと見えたり。此としみの事、後に考ふれば、早く契沖も、精進の後、魚くひそむる事と聞えたり、と云へりき。

書き下し

その仏事に、精進したるとしみの儀式なり。さて言の意を考うるに、魚食う事を忌みたるを、落つるよしにて、おとしいみと云うを、つづめたるなるべし。精進をおつと云う詞、土佐日記に、ふなぎみせちみす、そうじ物なければ、午の時より後に、かじとりのきのう釣りたりし鯛に、銭無ければ、よねをとりかけて、おちられぬと見えたり。此としみの事、後に考うれば、早く契沖も、精進の後、魚くいそむる事と聞こえたり、と云えりき。

現代語訳

その仏事のために精進した、その精進落としの儀式である。さてこの言葉の意味を考えると、魚を食べることを忌んでいたのをやめるという意味で「おとしいみ(落とし忌み)」と言うのを縮めたものであろう。精進を「落つ」と言う言葉は、土佐日記に「船君(ふなぎみ)が節忌(せちみ)をする。精進物が無いので、午の刻より後に、船頭が昨日釣った鯛に、銭が無いので米を代わりに払って、精進を落とされた」と見える。この「としみ」のことは、後で調べてみると、早くに契沖も「精進の後に魚を食べ始めることと解される」と言っていた。

解説

前段の続きで、宣長は「としみ」の語源を「おとしいみ(落とし忌み)」の縮まった形と推し、精進を「おつ」と言った例として土佐日記の一節を引く。紀貫之の船旅で、精進の食べ物が尽きたので、船頭が釣った鯛を米と引き換えに手に入れて精進を落とした、という場面である。そして最後に、後で調べたら契沖がすでに同じことを言っていた、と正直に書き添える。契沖は元禄期の僧で、『万葉代匠記』によって古典を実証的に読む道を開き、宣長が若いころに深く学んだ先人である。自分の発見が先人と重なったときに、それを隠さず明記する。手柄よりも事実を重んじる学者としての誠実さが、この短い一文に表れている。

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