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玉勝間 / 二の巻 儒者名をみだる事

孔丘は、名を正すをこそいみしきわざとはしつれ、此方の近き頃の儒者は、よろづに名をみだる事をのみつとむめり。そが中に、地の名などを、からめかすとて、延べもつづめも變へも心にまかせて物するなどは、猶つみかろかるべきを、おほやけざまにあづかれる、重き名どもをさへに、わたくしの心にまかせて、みだりに改め定めて書なるは、いともいとも可畏きわざならずや。近き世に或儒者の、今の世は、萬の名正しからず、某をば、今はしかじかとは云ふべきにあらず、しかじか云はむこそ正しけれ、など云ひて、よろづを今の世のありさまにまかせて、例の私に物せるは、いかなるひが心得ぞや。そもそもかの孔丘が名を正せるやうは、諸侯どものみだりなる、當時のありさまにはかかはらずて、ひたぶるに周王のもとの定めをこそ守りつれ。かの或儒者のごと、古、よりの定めにもかかはらず、今の名にも從はず、唯だ今の世のありさまにまかせて、わたくしにあらたに物せむは、孔丘が春秋のこころとは、うらうへにて、ことさらに名をみだる事の、いみしきものにこそ有けれ。

新字:孔丘は、名を正すをこそいみしきわざとはしつれ、此方の近き頃の儒者は、よろづに名をみだる事をのみつとむめり。そが中に、地の名などを、からめかすとて、延べもつづめも変へも心にまかせて物するなどは、猶つみかろかるべきを、おほやけざまにあづかれる、重き名どもをさへに、わたくしの心にまかせて、みだりに改め定めて書なるは、いともいとも可畏きわざならずや。近き世に或儒者の、今の世は、万の名正しからず、某をば、今はしかじかとは云ふべきにあらず、しかじか云はむこそ正しけれ、など云ひて、よろづを今の世のありさまにまかせて、例の私に物せるは、いかなるひが心得ぞや。そもそもかの孔丘が名を正せるやうは、諸侯どものみだりなる、当時のありさまにはかかはらずて、ひたぶるに周王のもとの定めをこそ守りつれ。かの或儒者のごと、古、よりの定めにもかかはらず、今の名にも従はず、唯だ今の世のありさまにまかせて、わたくしにあらたに物せむは、孔丘が春秋のこころとは、うらうへにて、ことさらに名をみだる事の、いみしきものにこそ有けれ。

書き下し

孔丘は、名を正すをこそいみしきわざとはしつれ、こなたの近き頃の儒者は、よろずに名をみだる事をのみつとむめり。そが中に、地の名などを、からめかすとて、延べもつづめも変えも心にまかせて物するなどは、猶つみかろかるべきを、おおやけざまにあずかれる、重き名どもをさえに、わたくしの心にまかせて、みだりに改め定めて書くなるは、いともいとも畏きわざならずや。近き世にある儒者の、今の世は、万の名正しからず、某をば、今はしかじかとは云うべきにあらず、しかじか云わむこそ正しけれ、など云いて、よろずを今の世のありさまにまかせて、例の私に物せるは、いかなるひが心得ぞや。そもそもかの孔丘が名を正せるようは、諸侯どものみだりなる、当時のありさまにはかかわらずて、ひたぶるに周王のもとの定めをこそ守りつれ。かのある儒者のごと、古よりの定めにもかかわらず、今の名にも従わず、ただ今の世のありさまにまかせて、わたくしにあらたに物せむは、孔丘が春秋のこころとは、うらうえにて、ことさらに名をみだる事の、いみしきものにこそ有りけれ。

現代語訳

孔丘(孔子)は名を正すことを重大な事としたが、こちらの近ごろの儒者は、何事につけても名を乱すことばかりに努めているようだ。その中で、地名などを中国風にしようとして、延ばしたり縮めたり変えたりを心のままにするのは、まだ罪が軽いだろうが、公に関わる重い名までも、自分の心にまかせてみだりに改め定めて書いているのは、まことに畏れ多いことではないか。近ごろある儒者が、今の世はあらゆる名が正しくない、何々を今はこれこれと言うべきではない、これこれと言うのこそ正しい、などと言って、何もかも今の世の実態にまかせて、いつものように私に作っているのは、何という誤った心得か。そもそもあの孔丘が名を正したやり方は、諸侯たちの乱れた当時の実態にはかかわらず、ひたすら周王のもとの定めを守ったのである。あの儒者のように、古からの定めにもかかわらず、今の名にも従わず、ただ今の世の実態にまかせて私に新しく作るのは、孔丘の『春秋』の心とは裏表であって、ことさらに名を乱すことのはなはだしいものである。

解説

儒者が官職名や公の名称を勝手に改めることを、孔子の「正名」を逆手に取って批判した段である。孔子は名を正すことを政治の根本とし、『春秋』では諸侯の乱れた実態に合わせず、周王の本来の定めに従って名を記した。ところが近世のある儒者は、今の実態に合わせて名を改めるべきだと言い、公の名まで私に作り替える。宣長は、それは孔子の正名とは正反対の、名を乱す行いだと断じる。儒者を批判するのに儒学の祖の言葉を使う、相手の拠り所で相手を撃つ論法である。宣長が守ろうとしたのは、名は実態に合わせて変えるものではなく、定めとして受け継ぐものだという考えであった。言葉を勝手に作り替えることの重さを考えさせる。

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