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玉勝間 / 二の巻 国を州と云ふ事

國國の名を、某州と云ふ事は、いづれの御代の御さだめにもあらざる事なり。古へは、わたくしの漢文などにこそは、いとまれまれには見えたれ、ただしきおほやけの物には、みな某國とのみ有りて、州と云へる事はさらに見えず。然るを近き世の人は、かかる上の御さだめをもわきまへ知らず、みだりにからめかす事をのみ好みて、某ノ國と云ふよりは、某州と云ふをうるはしき事に心得て、云ひも書きもすなるは、いかにぞや。前後上下などに分れたる國の名の、一字にてはまぎるるをば、野之上州下州、あるは越前州筑後州なども書〃めり。そもそも國の字も州の字も、同じく久爾にはあれども、奈良ノ御代などよりは、斯かる事もみな、その文字を定められて、心にまかせては書かざる事なるをや。又或儒者の云へるは、國と云ふは、封建の制にこそあれ皇朝も、郡縣の制になされたる世には、州などとこそ云ふべけれ、國と定められたるは、あたらぬ文字なりと云へるは、漢國の今までの例になづみて、中中にかの國のこころにもあらず、いみしきひがことなり。

新字:国国の名を、某州と云ふ事は、いづれの御代の御さだめにもあらざる事なり。古へは、わたくしの漢文などにこそは、いとまれまれには見えたれ、ただしきおほやけの物には、みな某国とのみ有りて、州と云へる事はさらに見えず。然るを近き世の人は、かかる上の御さだめをもわきまへ知らず、みだりにからめかす事をのみ好みて、某ノ国と云ふよりは、某州と云ふをうるはしき事に心得て、云ひも書きもすなるは、いかにぞや。前後上下などに分れたる国の名の、一字にてはまぎるるをば、野之上州下州、あるは越前州筑後州なども書〃めり。そもそも国の字も州の字も、同じく久爾にはあれども、奈良ノ御代などよりは、斯かる事もみな、その文字を定められて、心にまかせては書かざる事なるをや。又或儒者の云へるは、国と云ふは、封建の制にこそあれ皇朝も、郡県の制になされたる世には、州などとこそ云ふべけれ、国と定められたるは、あたらぬ文字なりと云へるは、漢国の今までの例になづみて、中中にかの国のこころにもあらず、いみしきひがことなり。

書き下し

国国の名を、某州と云う事は、いずれの御代の御さだめにもあらざる事なり。古は、わたくしの漢文などにこそは、いとまれまれには見えたれ、ただしきおおやけの物には、みな某国とのみ有りて、州と云える事はさらに見えず。然るを近き世の人は、かかる上の御さだめをもわきまえ知らず、みだりにからめかす事をのみ好みて、某の国と云うよりは、某州と云うをうるわしき事に心得て、云いも書きもすなるは、いかにぞや。前後上下などに分かれたる国の名の、一字にてはまぎるるをば、野之上州下州、あるは越前州筑後州なども書くめり。そもそも国の字も州の字も、同じく久爾にはあれども、奈良の御代などよりは、斯かる事もみな、その文字を定められて、心にまかせては書かざる事なるをや。またある儒者の云えるは、国と云うは、封建の制にこそあれ皇朝も、郡県の制になされたる世には、州などとこそ云うべけれ、国と定められたるは、あたらぬ文字なりと云えるは、漢国の今までの例になずみて、なかなかにかの国のこころにもあらず、いみしきひがことなり。

現代語訳

国々の名を「何州」と言うことは、どの御代のお定めにもないことである。古には、私的な漢文などにこそごくまれに見えるが、正式な公の文書には、みな「何国」とだけあって、「州」と言ったことはまったく見えない。それなのに近ごろの人は、こうした上のお定めもわきまえず、みだりに中国風にすることばかりを好んで、「何の国」と言うよりは「何州」と言うのを立派なことと心得て、言いも書きもしているのは、どういうことか。前後・上下などに分かれた国の名で、一字では紛れるものは、上野を上州、下野を下州とし、あるいは越前州・筑後州などとも書いているようだ。そもそも「国」の字も「州」の字も、同じく「くに」ではあるが、奈良の御代などからは、こうしたこともみなその文字を定められて、心にまかせて書くものではないのである。また、ある儒者が、国というのは封建の制度でのことであって、わが朝廷も郡県の制度にされた世には州などと言うべきで、国と定められたのは当たらない文字だと言ったのは、中国のこれまでの例にこだわって、かえってあの国の心にもかなわない、ひどい誤りである。

解説

武蔵を武州、尾張を尾州と呼ぶような、国名に「州」を付ける習わしを批判した段である。宣長によれば、公の文書ではどの時代も「何国」と定められ、「州」は私的な漢文にまれに見えるだけだった。それを近世の人は中国風で上品だと思い込み、好んで使う。さらにある儒者は、中国では封建の世に「国」、郡県の世に「州」と言ったのだから、郡県制を採った日本も州と言うべきだと主張した。宣長はこれを、中国の例に縛られた誤りだと退ける。国名の表記という小さな問題だが、その根にあるのは、外国の制度や言葉を基準にして自国の定めを正そうとする態度であり、宣長はそこに漢意を見た。外来の型を当てはめて自分たちのやり方を裁いていないか、という問いとして読める。

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