墨子 / 公孟
公孟子謂子墨子曰:「知有賢於人,則可謂知乎?」子墨子曰:「愚之知有以賢於人,而愚豈可謂知矣哉?」公孟子曰:「三年之喪,學吾之慕父母。」子墨子曰:「夫嬰兒子之知,獨慕父母而已。父母不可得也,然號而不止,此其故何也?即愚之至也。然則儒者之知,豈有以賢于嬰兒子哉?」子墨子曰:「問於儒者:「何故為樂?」
新字:公孟子謂子墨子曰:「知有賢於人,則可謂知乎?」子墨子曰:「愚之知有以賢於人,而愚豈可謂知矣哉?」公孟子曰:「三年之喪,学吾之慕父母。」子墨子曰:「夫嬰児子之知,独慕父母而已。父母不可得也,然号而不止,此其故何也?即愚之至也。然則儒者之知,豈有以賢于嬰児子哉?」子墨子曰:「問於儒者:「何故為楽?」
書き下し
公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
現代語訳
公孟子が墨子に言った。「知恵に人より優れたところがあれば、知者と言えますか」。墨子が言った。「愚かな者の知恵に人より優れたところがあっても、その愚かな者を知者と言えようか」。公孟子が言った。「三年の喪は、私が父母を慕う心を学ぶものです」。墨子が言った。「赤子の知恵は、ただ父母を慕うだけである。父母が得られなければ、泣き叫んでやまない。それはなぜか。愚かさの極みだからだ。とすれば儒者の知恵は、赤子より優れているところがあるのか」。墨子が言った。「儒者に問う。『なぜ音楽をするのか』」。
解説
三年の喪の根拠を親を慕う気持ちに置くと、その気持ちの最も純粋な形は赤子の泣き声になる。ならばそれは知恵ではない、という切り返しです。厳しい言い方ですが、感情の強さを制度の根拠にすることの弱さを突いています。制度の理由を感情に求めると、こう問われることになります。
この章句が説くこと
制度根拠感情喪知恵
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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