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玉勝間 / 二の巻 姓氏の事

そもそも姓は先祖より傳はる物にこそあれ、上より賜はらざらむ限りは、心に任せて、しかわたくしにすべき物にはあらず。まことに其姓にはあらずとも、中ごろの先祖、もしはおほぢ父の世より、なのり來てあらんは、猶さても有べきを、おのがあらたに物せむ事は、いといと有るまじきわざになむ。姓知られざらんには、唯だ苗字をなのりてあらむに、なでふ事かはあらん。すべて古、を好まむからに、よろづをあながちに古、めかさむとかまふるは、中中に古ヘの心には有らざるものをや。

新字:そもそも姓は先祖より伝はる物にこそあれ、上より賜はらざらむ限りは、心に任せて、しかわたくしにすべき物にはあらず。まことに其姓にはあらずとも、中ごろの先祖、もしはおほぢ父の世より、なのり来てあらんは、猶さても有べきを、おのがあらたに物せむ事は、いといと有るまじきわざになむ。姓知られざらんには、唯だ苗字をなのりてあらむに、なでふ事かはあらん。すべて古、を好まむからに、よろづをあながちに古、めかさむとかまふるは、中中に古ヘの心には有らざるものをや。

書き下し

そもそも姓は先祖より伝わる物にこそあれ、上より賜わらざらむ限りは、心に任せて、しかわたくしにすべき物にはあらず。まことにその姓にはあらずとも、中ごろの先祖、もしはおおじ父の世より、なのり来てあらんは、猶さても有るべきを、おのがあらたに物せむ事は、いといと有るまじきわざになむ。姓知られざらんには、ただ苗字をなのりてあらむに、なでう事かはあらん。すべて古を好まむからに、よろずをあながちに古めかさむとかまうるは、なかなかに古の心には有らざるものをや。

現代語訳

そもそも姓は先祖から伝わるものであって、上から賜るのでない限り、心にまかせてそのように私にするべきものではない。本当はその姓でなくても、中ごろの先祖、あるいは祖父や父の代から名乗ってきたものなら、それはそれでよいだろうが、自分で新たに名乗ることは、まったくあってはならないことである。姓が知られないのなら、ただ苗字を名乗っていればよいので、何の差し支えがあろうか。だいたい古を好むからといって、何もかも無理に古めかしくしようとするのは、かえって古の心ではないのである。

解説

姓の段の結論である。姓は先祖から伝わるか、上から賜るもので、自分で勝手に作るものではない。すでに祖父や父の代から名乗ってきたのなら、本来の姓でなくてもそのままでよいが、自分で新しく名乗るのはいけない。姓がわからなければ苗字だけを名乗ればよい、と宣長は現実的な線を引く。そして最後に、古を好むからといって何でも古めかしくしようとするのは、かえって古の心ではない、と結ぶ。これは宣長の古学の要となる考えで、古を学ぶのは古の心を知るためであって、古風を装うためではない。今ある習わしのなかで無理なく筋を通せばよい、という判断は、前の段の「世に久しく有りならいつる事をにわかにやめむとするはわろし」とも響き合う。

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