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玉勝間 / 二の巻 円融太上天皇紫野御子日の事

此間有蹴鞠事、左大將左衞門督源中納言兩三位藤宰相余及殿上侍臣等蹴鞠事、及黃昏仰曰、至于和歌、於院可獻序置和歌等各者、秉燭還〓御本院、召公卿於御前有歌遊之事、召余爲和歌講師、右大臣以下獻和歌、左大臣不獻、如何如何、左右兩丞相賜御衣、納言以下賜白掛、侍臣疋絹、又給御隨身、深更各各分散、御紫野之間、從內使右近少將信輔有御訪、即召御簾外、給圓座申御消息、余執祿被之、拜舞之間、失禮太多ッ、今日四位五位六位皆着綾羅、如何、下官着白襖薄色狩袴也。

新字:此間有蹴鞠事、左大将左衛門督源中納言両三位藤宰相余及殿上侍臣等蹴鞠事、及黄昏仰曰、至于和歌、於院可献序置和歌等各者、秉燭還〓御本院、召公卿於御前有歌遊之事、召余為和歌講師、右大臣以下献和歌、左大臣不献、如何如何、左右両丞相賜御衣、納言以下賜白掛、侍臣疋絹、又給御随身、深更各各分散、御紫野之間、従内使右近少将信輔有御訪、即召御簾外、給円座申御消息、余執禄被之、拝舞之間、失礼太多ッ、今日四位五位六位皆着綾羅、如何、下官着白襖薄色狩袴也。

書き下し

この間蹴鞠の事有り、左大将・左衛門督・源中納言・両三位・藤宰相・余及び殿上の侍臣等蹴鞠の事あり、黄昏に及びて仰せて曰く、和歌に至りては、院に於て序を献じ和歌等を置くべし、各者(てえり)、燭を秉りて本院に還り〓御す、公卿を御前に召して歌遊びの事有り、余を召して和歌の講師と為す、右大臣以下和歌を献ず、左大臣は献ぜず、如何如何、左右両丞相に御衣を賜う、納言以下に白掛を賜い、侍臣に疋絹、また御随身に給う、深更に各各分散す、紫野に御する間、内より使右近少将信輔御訪い有り、即ち御簾の外に召し、円座を給いて御消息を申す、余禄を執りて之を被く、拝舞の間、失礼太だ多し、今日四位五位六位皆綾羅を着す、如何、下官は白襖・薄色の狩袴を着するなり。

現代語訳

「その間に蹴鞠があった。左大将・左衛門督・源中納言・二人の三位・藤宰相、それに私と殿上の侍臣らが蹴鞠をした。夕暮れになって上皇が仰せられた。和歌については、院に戻ってから序を献じ、和歌などを置くように、皆そうせよ、と。灯をともして本院にお帰りになり、公卿を御前に召して歌の遊びがあった。私が召されて和歌の講師を務めた。右大臣以下が和歌を献じたが、左大臣は献じなかった。どういうことであろうか。左右の大臣には御衣を賜り、納言以下には白い掛を、侍臣には疋絹を賜り、また御随身にも与えられた。夜更けにそれぞれ散会した。紫野においでの間に、内裏から使いとして右近少将信輔がお見舞いに来た。すぐに御簾の外に召し、円座を与えて天皇からのお言葉を申し上げさせた。私が禄を取ってこれに被けた。拝舞のあいだ、失礼がはなはだ多かった。今日は四位・五位・六位がみな綾や羅を着ていた。どういうことか。私は白い襖に薄色の狩袴を着けていた」。

解説

紫野の子の日の遊びの後半である。野での蹴鞠を終え、夕暮れに院へ戻って灯のもとで歌会が開かれ、実資は講師として歌を読み上げる役を務めた。記事の面白さは、儀式の次第のあいだに実資の不満がそのまま書き込まれていることにある。左大臣が歌を献じないのを「如何如何」と咎め、使いの拝舞に失礼が多かったと記し、平服の遊びに四位以下が綾羅の華美な装いで来たのを「如何」といぶかり、自分は白襖に狩袴だったと書き添える。故実に厳しい実資の人柄がよく出ている。宣長がこうした日記を丹念に写したのは、王朝の人々が何を礼にかない、何を外れと感じていたかという、当時の心の物差しまで記録から読み取れるからである。

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