導師導古典を学びたいすべての人に

玉勝間 / 一の巻 中御門宣胤卿の記

されば今もろもろの記錄などの語をぬき出て書くに、本にある云云は皆、となりと云へりなど云ふべきところなる故に、かたはらにその假字をつけて分ち、今私に語を略きて書る所に書けるは、假字を附ヶず、その心もて見べし。

新字:されば今もろもろの記録などの語をぬき出て書くに、本にある云云は皆、となりと云へりなど云ふべきところなる故に、かたはらにその仮字をつけて分ち、今私に語を略きて書る所に書けるは、仮字を附ヶず、その心もて見べし。

書き下し

されば今もろもろの記録などの語をぬき出でて書くに、本にある云々は皆、となりと云えりなど云うべきところなる故に、かたわらにその仮字をつけて分かち、今私に語を略きて書ける所に書けるは、仮字を附けず、その心もて見るべし。

現代語訳

だから今、さまざまな記録などの語を抜き出して書くときに、原本にある「云々」はみな「となり」「と言えり」などと言うべき所であるので、傍らにその仮名を付けて区別し、今自分で語を省いて書いた所に書いたものには仮名を付けない。その心づもりで読むべきである。

解説

前の段の「云々」の説明を受けて、玉勝間での表記の約束を示した段である。中世の記録に出る「云々」は、語を省いた印ではなく「となり」「と言へり」のような伝聞・引用の結びを表すことが多い。そこで宣長は、原本にもともとある「云々」には傍らに読みの仮名を振り、自分が抜き書きの都合で省略した箇所の「云々」には仮名を付けない、と区別した。同じ記号が二つの役割を持つと読者が混乱するので、書き手の側で目印を付けて見分けられるようにしたのである。引用と省略を区別して示すという作法は、今の学術的な引用のルールにも通じる。資料を正しく読んでもらうための、小さいが大事な工夫である。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る