退食閑話 / 四つの徴・皇位の無窮
問、 寶祚以之無窮。國體以之尊嚴。蒼生以之安寧。戎狄以之卒服とあるも、別の言によりて粗解し得たるやうなれども、願くは其詳なる事を聞ん、曰、 寶祚の窮り無き事も前に書が如く、天照太神三神器を授給ひて、君臣の義正しく、寶鏡を吾を視が如くせよと宣ひしより、父子の親惇く、忠孝の敎二つながら全し、是によりて人心一定して他に移らず、千萬世を經といへども、太初に君と仰ぎ奉りし至尊かはらせ給はず、今日仰ぎ奉る所の至尊は、即ち天照太神と同體にましませば、人情風氣も自づから厚くして、天位を覬覦する人もなし、 寶祚窮りなきもまた尊むべきにあらずや、 國體の尊嚴なる事は、四海の外に萬國多しといへども、天地の間に至て尊きものは只一つならではなき道理なり、然るに、外國にて其帝王と稱するものも、其種姓しば〱遷り易りて、 天朝の如く、皇統綿縣として、唯一體のみにまし〱侯事は、萬國にはたへてなき事なり、
新字:問、 宝祚以之無窮。国体以之尊厳。蒼生以之安寧。戎狄以之卒服とあるも、別の言によりて粗解し得たるやうなれども、願くは其詳なる事を聞ん、曰、 宝祚の窮り無き事も前に書が如く、天照太神三神器を授給ひて、君臣の義正しく、宝鏡を吾を視が如くせよと宣ひしより、父子の親惇く、忠孝の教二つながら全し、是によりて人心一定して他に移らず、千万世を経といへども、太初に君と仰ぎ奉りし至尊かはらせ給はず、今日仰ぎ奉る所の至尊は、即ち天照太神と同体にましませば、人情風気も自づから厚くして、天位を覬覦する人もなし、 宝祚窮りなきもまた尊むべきにあらずや、 国体の尊厳なる事は、四海の外に万国多しといへども、天地の間に至て尊きものは只一つならではなき道理なり、然るに、外国にて其帝王と称するものも、其種姓しば〱遷り易りて、 天朝の如く、皇統綿県として、唯一体のみにまし〱侯事は、万国にはたへてなき事なり、
書き下し
問、 寶祚は之を以て無窮に、國體は之を以て尊嚴に、蒼生は之を以て安寧に、戎狄は之を以て卒服すとあるも、別の言によりて粗解し得たるやうなれども、願くは其詳なる事を聞ん、曰、 寶祚の窮り無き事も前に書が如く、天照太神三神器を授給ひて、君臣の義正しく、寶鏡を吾を視が如くせよと宣ひしより、父子の親惇く、忠孝の敎二つながら全し、是によりて人心一定して他に移らず、千萬世を經といへども、太初に君と仰ぎ奉りし至尊かはらせ給はず、今日仰ぎ奉る所の至尊は、即ち天照太神と同體にましませば、人情風氣も自づから厚くして、天位を覬覦する人もなし、 寶祚窮りなきもまた尊むべきにあらずや、 國體の尊嚴なる事は、四海の外に萬國多しといへども、天地の間に至て尊きものは只一つならではなき道理なり、然るに、外國にて其帝王と稱するものも、其種姓しば〱遷り易りて、 天朝の如く、皇統綿縣として、唯一體のみにまし〱侯事は、萬國にはたへてなき事なり、
現代語訳
問い。「宝祚はこれを以て無窮に、国体はこれを以て尊厳に、蒼生はこれを以て安寧に、戎狄はこれを以て卒服す」とあるのも、他の言葉によって大体は理解できたようですが、さらに詳しくお聞きしたく存じます。答え。皇位の窮まりないことも、先に書いたとおり、天照大神が三種の神器を授けられて君臣の義が正しく、宝鏡を私を見るように見よと仰せられたことから父子の親が厚くなり、忠孝の教えが二つながら全うされたことによります。これによって人心が一定して他に移らず、千万世を経ても、太初に君と仰いだ至尊が変わられません。今日仰ぎ奉る至尊は天照大神と同体であられるので、人情や風気も自然に厚く、天位をうかがう人もいません。皇位の窮まりないこともまた尊ぶべきではありませんか。国体の尊厳についていえば、四海の外に多くの国がありますが、天地の間で最も尊いものはただ一つしかないのが道理です。ところが外国で帝王と称するものも、その血筋がしばしば移り変わり、天朝のように皇統が綿々と続き、ただ一体であられることは、万国にまったくないことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『退食閑話』・鏡に見る父子の親是より君臣父子の大義著れて、天位の尊き事、天地開けし初より今日に至るまで、一人も天位を犯す事あることなし、四海の外萬國多しといへども、かくの如くにめてたきためしなきは、即君臣の義にして、言語をまたずして、其敎自然に備れるなり、父子の親と申は、天照太神神器を授け給ひし時、御手に寶鏡を取らせられて、吾が兒、此の寶鏡を視ること、當に猶ほ吾を視るがごとくすべしと宣ひしより、床を同じくし殿を共にして、寶鏡を以て天祖の神主となし給ひ、是より父子の親顯れて、天日嗣を受繼せ給ふ、君は必ず日神の御末にまし〱、神代の古より今に至るまで、皇統易らせ給はず、寶鏡は天祖の神にて、永く伊勢にまし〱、日嗣の君、太神宮を拜し給ひて、寶鏡に照し給ふ、御容、即ち日神の遺體にましませば、玉體は即日神と同體にまします、萬億年といへども、同體の親しみ盡させ給はざるは、父子の親是より惇きはなし、天地の始に、伊弉諾尊好哉の歌を、伊弉冊尊に先だちて唱給へるは、其時より夫婦の別明なるなり、伊弉諾尊、伊弉冊尊天にまし〱て、天照太神、月夜見尊、
-
『退食閑話』・神代に見る君臣の義問、上古神聖天下の基を帥創し給へるの時等の事を記したるは、古事記、日本紀、古語拾遺などなれども、何れの書にも人倫の道などと說給へることは見へ侍らず、記文に生民、須臾も離るべからざる者なりと記し給へるは、人倫の道を指し給へるなるべく、然るに、神聖の極を立給ふは、斯道に由られたるよし、載給ふ事は、何れの義にて候ぞや、曰、神代の事實、後輩晚學の某、猥に喙を容れ候はむは、尤も恐れ憚るべき事なれども、聊所見を述て、只今吾子の問に答へ、且大方君子の是正を乞申べし、上古淳朴の世には、神聖の彝訓を垂れ給へるも、言語を以てせずして、行事に因りて其義を示し、敎を其中に寓して、萬民の法則となし給ふなり、人の五倫は、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五品にて、是を五典とも申なり、第一君臣の義と申は、天照大神高天原にまし〱て、皇孫天津彦瓊瓊杵尊に天位を傳へられしとき、八坂瓊曲玉、八咫鏡、艸薙劍、三種の神器を授給ひて、葦原千五百秋之瑞穗國は、是れ吾が子孫の王たるべきの地なりと宣ひしより、此神器を以て永く天位の信となし給ひ、
-
『弘道館記述義』・蠻夷戎狄以之率服・敬神・愛民・尚武の三つの要神兵の向かふ所、虜酋懾伏し、三韓藩と称して朝貢す。是の際に当たりて国威赫赫として日に隆んなり。一日、新羅国王の子の若き、秦王嬴政の裔の若き、万里海を航り、風を望んで帰化す。東夷西戎奔走して役に執り、金銀綾羅の朝貢絶えず。諸蕃を視ること猶ほ外府のごとし。豈に盛んならずや。(記文は上古神聖の極を立て統を垂るより、蛮夷戎狄之を以て率服するに至るまで、皆未だ儒教有らざるの時を言ふ。故に臣も亦た専ら応神帝以上に就きて、其の大略を述べ、敢へて中世に説き及ばずと云ふ。)蓋し蒼生安寧なり、是を以て宝祚無窮なり。宝祚無窮なり、是を以て国体尊厳なり。国体尊厳なり、是を以て蛮夷戎狄率服す。四者循環して一の如く、各〻相須ちて美を済す。而して其の然る所以の者は、未だ始めより斯の道の致す所に在らずんばあらず。其の道たる光明正大、固より一二数へ易からず。然れども嘗て竊かに神皇経綸の迹を瞻仰し、後世の名を以て之を述ぶれば、則ち其の要に三有り。曰く敬神、曰く愛民、曰く尚武。古史簡なりと雖も、其の大体は彰明較著にして、誣ふべからず。夫れ赫赫の威は天日より盛んなるは莫く、照育の恩も亦た太陽より大なるは莫し。恩は仁の施しなり。威は義の発なり。天皇既に天日の嗣を承け蒼生を撫育し、又た太陽の出づる所に拠りて万方に君臨し、恩威兼ね施し、仁厚勇武並び行はれて相悖らざる者は、蓋し神皇立極の大体にして、神州の宇内に冠絶する所以の者、其れ亦た斯に在るか。
-
『弘道館記述義』・寶祚以之無窮・宝祚と三種の神器 天孫降臨宝祚、之を以て無窮なり。臣彪謹んで案ずるに、天祖の垂統、天孫の建基は、事皆神代に属す。其の在位及び年寿の数、今詳らかにすべからず。然れども其の歳月は蓋し悠久なり。(神武天皇、寿一百三十七歳にして、皇祖火遠理尊は寿五百八十歳。蓋し世愈〻古ければ、則ち寿愈〻長し。然れども其の詳らかなること今考ふべからず。)正史の紀年は神武天皇辛酉元年に始まる。辛酉より今に至るまで二千五百有餘歳。神代を通じて之を算すれば、凡そ幾千万年なるかを知らず。歴世の久しき、時に汚隆有りと雖も、天皇の尊きこと万世自若たり、猶ほ太陽の天に懸かるがごとし。草野卑賤の臣、又た何ぞ敢へて論ぜん。然れども幸ひに神明の域に生まれ、世〻煦育の恩に浴す。則ち亦た豈に其の原本する所を知らざるべけんや。初め天孫の下土に降臨するや、天祖賜ふに三種の神器を以てす。曰く玉、曰く鏡、曰く剣。(神器の次序は、書紀・古事記皆同じ。而して古語拾遺に曰く、即ち八咫鏡及び草薙剣の二種の神宝を以て皇孫に授け賜ひ、永く天璽と為す。矛・玉は自ら従ふ、と。又た自ら天璽の下に註して曰く、所謂神璽の剣鏡是れなり、と。神祇令に曰く、践祚の日、中臣は天神の寿詞を奏し、忌部は神璽の剣鏡を上る、と。之に拠れば則ち鏡剣を以て神璽と為し、玉は与らざるに似たり。是に於て説者或いは神器に就きて其の軽重を論ず。其の言、謂れ無きに非ず。而れども三器の名の由りて来る所は尚し。書紀・古事記共に合へば、則ち其の先後軽重は輒く議する所に非ず。姑く疑ひを存して以て後考を俟つ。)因りて勅して曰く、葦原千五百秋の瑞穂国は、是れ吾が子孫の王たるべきの地なり。宜しく汝皇孫就きて治めよ。行矣。宝祚の隆んなること、当に天壌と窮まり無かるべし、と。是の際に方りて、高皇産霊尊は、毎に天上の議に参す。
-
『新論』國體上昔者、天祖肇めて鴻基を建て、位は即ち天位、徳は即ち天徳、以て天業を経綸し、細大の事、一として天に非ざる者無し。徳を玉に比し、明を鏡に比し、威を剣に比し、天の仁を体し、天の明に則り、天の威を奮ひ、以て万邦を照す。天下を以て皇孫に伝ふるに迨び、手づから三器を授けて、以て天位の信と為し、以て天徳に象り、而して天工に代り天職を治めしめ、然る後之を千万世に伝ふ。天胤の尊、厳乎として其れ犯すべからず、君臣の分定まりて、大義以て明かなり。天祖の神器を伝ふるや、特に宝鏡を執りて祝して曰く、「此を視ること猶ほ吾を視るがごとくせよ」と。而して万世奉祀して、以て天祖の神と為す。聖子神孫、宝鏡を仰ぎて影を其の中に見る。見る所の者は即ち天祖の遺体にして、視ること猶ほ天祖を視るがごとし。是に於てか盥薦の間、神人相感じて、以て已むべからず。則ち其の追遠申孝、敬身修徳、亦豈已むを得んや。父子の親敦くして、至恩以て隆し。
-
『退食閑話』・安寧と大乱の歴史かゝるめでたきためしも、其本は天地の始よりして、君臣父子の大倫正しくして、人情風氣厚きによりて、かくのごとく萬國に勝れたるなれば、國體も是によりて尊さに非ずや、且蒼生の安寧なるも、古は異端邪說といふ事もなし、古言に、唯神とは前にいへるが如く、神明の敎のまゝにして、君臣父子の大倫亂れざりしかば、異域に、五胡十六國などいへるが如き大亂は曾てなかりしなり、されども、一治一亂は天下の常なれば、太平久しくして縉紳宴安に溺れ、神聖の敎衰へて君臣父子の道正しからず、保元平治の亂ありて、 朝威衰へ、壽永、承久、元弘、建武等の亂ありて、四海鼎沸す、是によりて戰鬪暫くも止ず、 東照宮禍亂を平げ給ひしより民始て干戈を免れ、其父母妻子を養ひ、安穩に身を終る事を得たり、 神明の敎正しく、君臣父子の大倫斷滅せざるによりて、天下の亂も遂に正しきになりて、蒼生も安寧なるに非ずや、夷狄の卒服する事も、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る