退食閑話 / 鏡に見る父子の親
是より君臣父子の大義著れて、天位の尊き事、天地開けし初より今日に至るまで、一人も天位を犯す事あることなし、四海の外萬國多しといへども、かくの如くにめてたきためしなきは、即君臣の義にして、言語をまたずして、其敎自然に備れるなり、父子の親と申は、天照太神神器を授け給ひし時、御手に寶鏡を取らせられて、吾兒視此寶鏡、當猶視吾と宣ひしより、床を同じくし殿を共にして、寶鏡を以て天祖の神主となし給ひ、是より父子の親顯れて、天日嗣を受繼せ給ふ、君は必ず日神の御末にまし〱、神代の古より今に至るまで、皇統易らせ給はず、寶鏡は天祖の神にて、永く伊勢にまし〱、日嗣の君、太神宮を拜し給ひて、寶鏡に照し給ふ、御容、即ち日神の遺體にましませば、玉體は即日神と同體にまします、萬億年といへども、同體の親しみ盡させ給はざるは、父子の親是より惇きはなし、天地の始に、伊弉諾尊好哉の歌を、伊弉冊尊に先だちて唱給へるは、其時より夫婦の別明なるなり、伊弉諾尊、伊弉冊尊天にまし〱て、天照太神、月夜見尊、
新字:是より君臣父子の大義著れて、天位の尊き事、天地開けし初より今日に至るまで、一人も天位を犯す事あることなし、四海の外万国多しといへども、かくの如くにめてたきためしなきは、即君臣の義にして、言語をまたずして、其教自然に備れるなり、父子の親と申は、天照太神神器を授け給ひし時、御手に宝鏡を取らせられて、吾児視此宝鏡、当猶視吾と宣ひしより、床を同じくし殿を共にして、宝鏡を以て天祖の神主となし給ひ、是より父子の親顕れて、天日嗣を受継せ給ふ、君は必ず日神の御末にまし〱、神代の古より今に至るまで、皇統易らせ給はず、宝鏡は天祖の神にて、永く伊勢にまし〱、日嗣の君、太神宮を拝し給ひて、宝鏡に照し給ふ、御容、即ち日神の遺体にましませば、玉体は即日神と同体にまします、万億年といへども、同体の親しみ尽させ給はざるは、父子の親是より惇きはなし、天地の始に、伊弉諾尊好哉の歌を、伊弉冊尊に先だちて唱給へるは、其時より夫婦の別明なるなり、伊弉諾尊、伊弉冊尊天にまし〱て、天照太神、月夜見尊、
書き下し
是より君臣父子の大義著れて、天位の尊き事、天地開けし初より今日に至るまで、一人も天位を犯す事あることなし、四海の外萬國多しといへども、かくの如くにめてたきためしなきは、即君臣の義にして、言語をまたずして、其敎自然に備れるなり、父子の親と申は、天照太神神器を授け給ひし時、御手に寶鏡を取らせられて、吾が兒、此の寶鏡を視ること、當に猶ほ吾を視るがごとくすべしと宣ひしより、床を同じくし殿を共にして、寶鏡を以て天祖の神主となし給ひ、是より父子の親顯れて、天日嗣を受繼せ給ふ、君は必ず日神の御末にまし〱、神代の古より今に至るまで、皇統易らせ給はず、寶鏡は天祖の神にて、永く伊勢にまし〱、日嗣の君、太神宮を拜し給ひて、寶鏡に照し給ふ、御容、即ち日神の遺體にましませば、玉體は即日神と同體にまします、萬億年といへども、同體の親しみ盡させ給はざるは、父子の親是より惇きはなし、天地の始に、伊弉諾尊好哉の歌を、伊弉冊尊に先だちて唱給へるは、其時より夫婦の別明なるなり、伊弉諾尊、伊弉冊尊天にまし〱て、天照太神、月夜見尊、
現代語訳
ここから君臣父子の大義が現れ、天位の尊さは、天地が開けた初めから今日に至るまで、一人として天位を犯した者がありません。四海の外に多くの国がありますが、このように目出度い例がないのは、まさに君臣の義によるものであり、言葉を待たずにその教えが自然に備わっているのです。父子の親というのは、天照大神が神器を授けられたとき、御手に宝鏡を取って「わが子よ、この宝鏡を見ること、まさにわれを見るがごとくせよ」と仰せられたことから、床を同じくし殿を共にして、宝鏡を天祖の神体とされ、ここから父子の親が顕れて、天日嗣を受け継がれたのです。君は必ず日神の御末であり、神代の昔から今に至るまで、皇統は変わっておられません。宝鏡は天祖の神として永く伊勢におられ、日嗣の君は大神宮を拝されて宝鏡に照らされます。その御姿はすなわち日神の遺体ですから、玉体は日神と同体であられます。万億年を経ても同体の親しみが尽きないのは、父子の親がこれ以上に厚いものはありません。天地の始め、伊弉諾尊が「好哉」の歌を伊弉冊尊に先立って唱えられたのは、その時から夫婦の別が明らかになったのです。伊弉諾尊・伊弉冊尊が天におられて、天照大神、月夜見尊、
解説
この章句が説くこと
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『退食閑話』・神代に見る君臣の義問、上古神聖天下の基を帥創し給へるの時等の事を記したるは、古事記、日本紀、古語拾遺などなれども、何れの書にも人倫の道などと說給へることは見へ侍らず、記文に生民、須臾も離るべからざる者なりと記し給へるは、人倫の道を指し給へるなるべく、然るに、神聖の極を立給ふは、斯道に由られたるよし、載給ふ事は、何れの義にて候ぞや、曰、神代の事實、後輩晚學の某、猥に喙を容れ候はむは、尤も恐れ憚るべき事なれども、聊所見を述て、只今吾子の問に答へ、且大方君子の是正を乞申べし、上古淳朴の世には、神聖の彝訓を垂れ給へるも、言語を以てせずして、行事に因りて其義を示し、敎を其中に寓して、萬民の法則となし給ふなり、人の五倫は、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五品にて、是を五典とも申なり、第一君臣の義と申は、天照大神高天原にまし〱て、皇孫天津彦瓊瓊杵尊に天位を傳へられしとき、八坂瓊曲玉、八咫鏡、艸薙劍、三種の神器を授給ひて、葦原千五百秋之瑞穗國は、是れ吾が子孫の王たるべきの地なりと宣ひしより、此神器を以て永く天位の信となし給ひ、
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『新論』國體上昔者、天祖肇めて鴻基を建て、位は即ち天位、徳は即ち天徳、以て天業を経綸し、細大の事、一として天に非ざる者無し。徳を玉に比し、明を鏡に比し、威を剣に比し、天の仁を体し、天の明に則り、天の威を奮ひ、以て万邦を照す。天下を以て皇孫に伝ふるに迨び、手づから三器を授けて、以て天位の信と為し、以て天徳に象り、而して天工に代り天職を治めしめ、然る後之を千万世に伝ふ。天胤の尊、厳乎として其れ犯すべからず、君臣の分定まりて、大義以て明かなり。天祖の神器を伝ふるや、特に宝鏡を執りて祝して曰く、「此を視ること猶ほ吾を視るがごとくせよ」と。而して万世奉祀して、以て天祖の神と為す。聖子神孫、宝鏡を仰ぎて影を其の中に見る。見る所の者は即ち天祖の遺体にして、視ること猶ほ天祖を視るがごとし。是に於てか盥薦の間、神人相感じて、以て已むべからず。則ち其の追遠申孝、敬身修徳、亦豈已むを得んや。父子の親敦くして、至恩以て隆し。
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『退食閑話』・五倫と国恩素盞烏尊、を生給ひし時、天照太神は高天原を治すべし、月夜見尊は夜の食國を治すべし、素盞烏尊は滄海原を治すべしと任じ給ひしは、兄弟の序なり、思兼手力雄、兒屋、太玉、建雷、猿田彦等の諸神、心を同して天神を輔翼し奉り、友を以て仁を輔けしは、朋友の信を申なり、かくのごとく五倫の敎は天地の始より立て、今日に至るまで、人たるもの君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道を離れて世に居る事あたはず、されば今も仰ぎ奉る至尊は、天照太神と同體にまし〱、 大將軍は數百年の亂を平げ萬民を安んじ給ひて、 東照宮の御嗣にて、天朝の政を天下に布て、民をして兵革盜賊等の憂をまぬかれしめ給ふ邦君は 天朝の藩屏、 大將軍の分職にて、各其國を治め給ふ、今此海內に生れて臣民の數に備らんもの、誰か 天子と大將軍と邦君との恩澤を蒙らざるものあらんや、されば、人各五倫の道を盡して、國恩の萬一をも報じ奉るべしと志ん事、誰か其道を離れ得べきや、記文に神聖の斯道に由れしと載給へるは、かゝる意味にも侍らむやと存じ奉るなり、
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神地神第一代、大日孁尊。是を天照太神と申。又は日神とも皇祖とも申也。此神の生給こと三の説あり。一には伊弉諾・伊弉冊尊あひ計て、天下の主をうまざらんやとて、先、日神をうみ、次に、月神、次、蛭子、次、素戔烏尊を生給といへり。又は伊弉諾の尊、左御手に白銅の鏡をとりて大日孁の尊を化生し、右御手にとりて月弓の尊を生、御首をめぐらしてかへりみ給しあひだに、素戔烏尊を生ともいへり。又伊弉諾尊日向の小戸の川にてみそぎし給し時、左の御眼をあらひて天照太神を化生し、右の御眼をあらひて月読の尊を生、御鼻を洗て素戔烏尊を生じ給とも云ふ。日月神の御名も三あり、化生の所も三あれば、凡慮はかりがたし。又おはします所も、一には高天の原と云、二には日の小宮と云、三には我日本国これ也。八咫の御鏡をとらせましまして、「われをみるが如くにせよ。」と勅し給けること、和光の御誓もあらはれて、ことさらに深道あるべければ、三所に勝劣の義をば存ずべからざるにや。
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『退食閑話』・四つの徴・皇位の無窮問、 寶祚は之を以て無窮に、國體は之を以て尊嚴に、蒼生は之を以て安寧に、戎狄は之を以て卒服すとあるも、別の言によりて粗解し得たるやうなれども、願くは其詳なる事を聞ん、曰、 寶祚の窮り無き事も前に書が如く、天照太神三神器を授給ひて、君臣の義正しく、寶鏡を吾を視が如くせよと宣ひしより、父子の親惇く、忠孝の敎二つながら全し、是によりて人心一定して他に移らず、千萬世を經といへども、太初に君と仰ぎ奉りし至尊かはらせ給はず、今日仰ぎ奉る所の至尊は、即ち天照太神と同體にましませば、人情風氣も自づから厚くして、天位を覬覦する人もなし、 寶祚窮りなきもまた尊むべきにあらずや、 國體の尊嚴なる事は、四海の外に萬國多しといへども、天地の間に至て尊きものは只一つならではなき道理なり、然るに、外國にて其帝王と稱するものも、其種姓しば〱遷り易りて、 天朝の如く、皇統綿縣として、唯一體のみにまし〱侯事は、萬國にはたへてなき事なり、
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さまざまのとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろもろの神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神ましましき。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくましましければ、諸神悦あがめ給。

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