退食閑話 / 五倫と国恩
素盞烏尊、を生給ひし時、天照太神は高天原を治すべし、月夜見尊は夜の食國を治すべし、素盞烏尊は滄海原を治すべしと任じ給ひしは、兄弟の序なり、思兼手力雄、兒屋、太玉、建雷、猿田彦等の諸神、心を同して天神を輔翼し奉り、友を以て仁を輔けしは、朋友の信を申なり、かくのごとく五倫の敎は天地の始より立て、今日に至るまで、人たるもの君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道を離れて世に居る事あたはず、されば今も仰ぎ奉る至尊は、天照太神と同體にまし〱、 大將軍は數百年の亂を平げ萬民を安んじ給ひて、 東照宮の御嗣にて、天朝の政を天下に布て、民をして兵革盜賊等の憂をまぬかれしめ給ふ邦君は 天朝の藩屏、 大將軍の分職にて、各其國を治め給ふ、今此海內に生れて臣民の數に備らんもの、誰か 天子と大將軍と邦君との恩澤を蒙らざるものあらんや、されば、人各五倫の道を盡して、國恩の萬一をも報じ奉るべしと志ん事、誰か其道を離れ得べきや、記文に神聖の斯道に由れしと載給へるは、かゝる意味にも侍らむやと存じ奉るなり、
新字:素盞烏尊、を生給ひし時、天照太神は高天原を治すべし、月夜見尊は夜の食国を治すべし、素盞烏尊は滄海原を治すべしと任じ給ひしは、兄弟の序なり、思兼手力雄、児屋、太玉、建雷、猿田彦等の諸神、心を同して天神を輔翼し奉り、友を以て仁を輔けしは、朋友の信を申なり、かくのごとく五倫の教は天地の始より立て、今日に至るまで、人たるもの君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道を離れて世に居る事あたはず、されば今も仰ぎ奉る至尊は、天照太神と同体にまし〱、 大将軍は数百年の乱を平げ万民を安んじ給ひて、 東照宮の御嗣にて、天朝の政を天下に布て、民をして兵革盗賊等の憂をまぬかれしめ給ふ邦君は 天朝の藩屏、 大将軍の分職にて、各其国を治め給ふ、今此海内に生れて臣民の数に備らんもの、誰か 天子と大将軍と邦君との恩沢を蒙らざるものあらんや、されば、人各五倫の道を尽して、国恩の万一をも報じ奉るべしと志ん事、誰か其道を離れ得べきや、記文に神聖の斯道に由れしと載給へるは、かゝる意味にも侍らむやと存じ奉るなり、
書き下し
素盞烏尊、を生給ひし時、天照太神は高天原を治すべし、月夜見尊は夜の食國を治すべし、素盞烏尊は滄海原を治すべしと任じ給ひしは、兄弟の序なり、思兼手力雄、兒屋、太玉、建雷、猿田彦等の諸神、心を同して天神を輔翼し奉り、友を以て仁を輔けしは、朋友の信を申なり、かくのごとく五倫の敎は天地の始より立て、今日に至るまで、人たるもの君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道を離れて世に居る事あたはず、されば今も仰ぎ奉る至尊は、天照太神と同體にまし〱、 大將軍は數百年の亂を平げ萬民を安んじ給ひて、 東照宮の御嗣にて、天朝の政を天下に布て、民をして兵革盜賊等の憂をまぬかれしめ給ふ邦君は 天朝の藩屏、 大將軍の分職にて、各其國を治め給ふ、今此海內に生れて臣民の數に備らんもの、誰か 天子と大將軍と邦君との恩澤を蒙らざるものあらんや、されば、人各五倫の道を盡して、國恩の萬一をも報じ奉るべしと志ん事、誰か其道を離れ得べきや、記文に神聖の斯道に由れしと載給へるは、かゝる意味にも侍らむやと存じ奉るなり、
現代語訳
素戔嗚尊をお生みになったとき、天照大神は高天原を治め、月夜見尊は夜の食国を治め、素戔嗚尊は青海原を治めよと任じられたのは、兄弟の序です。思兼、手力雄、児屋、太玉、建雷、猿田彦などの諸神が、心を一つにして天神を補佐し、友として仁を助けたのは、朋友の信をいうのです。このように五倫の教えは天地の始めから立てられ、今日に至るまで、人である者は君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道を離れて世に生きることはできません。ですから今も仰ぎ奉る至尊は天照大神と同体であられ、大将軍は数百年の乱を平らげ万民を安んじられた東照宮の御嗣として、天朝の政を天下に布き、民を戦乱や盗賊の憂いから免れさせておられます。藩主は天朝の藩屏、大将軍の分職として、それぞれその国を治めておられます。いまこの国内に生まれて臣民の数に入る者で、天子と大将軍と藩主の恩沢を受けない者があるでしょうか。ですから、人がそれぞれ五倫の道を尽くして、国恩の万分の一でも報いようと志すとき、誰がこの道を離れることができましょう。記文が、神聖がこの道に由られたと載せているのは、このような意味でもあるかと存じます。
解説
この章句が説くこと
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『退食閑話』・神代に見る君臣の義問、上古神聖天下の基を帥創し給へるの時等の事を記したるは、古事記、日本紀、古語拾遺などなれども、何れの書にも人倫の道などと說給へることは見へ侍らず、記文に生民、須臾も離るべからざる者なりと記し給へるは、人倫の道を指し給へるなるべく、然るに、神聖の極を立給ふは、斯道に由られたるよし、載給ふ事は、何れの義にて候ぞや、曰、神代の事實、後輩晚學の某、猥に喙を容れ候はむは、尤も恐れ憚るべき事なれども、聊所見を述て、只今吾子の問に答へ、且大方君子の是正を乞申べし、上古淳朴の世には、神聖の彝訓を垂れ給へるも、言語を以てせずして、行事に因りて其義を示し、敎を其中に寓して、萬民の法則となし給ふなり、人の五倫は、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五品にて、是を五典とも申なり、第一君臣の義と申は、天照大神高天原にまし〱て、皇孫天津彦瓊瓊杵尊に天位を傳へられしとき、八坂瓊曲玉、八咫鏡、艸薙劍、三種の神器を授給ひて、葦原千五百秋之瑞穗國は、是れ吾が子孫の王たるべきの地なりと宣ひしより、此神器を以て永く天位の信となし給ひ、
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『退食閑話』・鏡に見る父子の親是より君臣父子の大義著れて、天位の尊き事、天地開けし初より今日に至るまで、一人も天位を犯す事あることなし、四海の外萬國多しといへども、かくの如くにめてたきためしなきは、即君臣の義にして、言語をまたずして、其敎自然に備れるなり、父子の親と申は、天照太神神器を授け給ひし時、御手に寶鏡を取らせられて、吾が兒、此の寶鏡を視ること、當に猶ほ吾を視るがごとくすべしと宣ひしより、床を同じくし殿を共にして、寶鏡を以て天祖の神主となし給ひ、是より父子の親顯れて、天日嗣を受繼せ給ふ、君は必ず日神の御末にまし〱、神代の古より今に至るまで、皇統易らせ給はず、寶鏡は天祖の神にて、永く伊勢にまし〱、日嗣の君、太神宮を拜し給ひて、寶鏡に照し給ふ、御容、即ち日神の遺體にましませば、玉體は即日神と同體にまします、萬億年といへども、同體の親しみ盡させ給はざるは、父子の親是より惇きはなし、天地の始に、伊弉諾尊好哉の歌を、伊弉冊尊に先だちて唱給へるは、其時より夫婦の別明なるなり、伊弉諾尊、伊弉冊尊天にまし〱て、天照太神、月夜見尊、
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『初学訓』巻之一一人倫に五あり。一には父子、二には君臣、三には夫婦、四には長幼、五には朋友なり。是を五倫と名づく。倫は類なり。天下に人多しとはいへども、皆此五倫にこもれり。をぢをばなどは、親に類し、甥姪の輩は、子に類し、貴人尊者は、君に類し、万民の我よりいやしき輩は、すべて臣に類し、兄弟従兄弟は、長幼の内にあり。等輩の人は、朋友に類し、道を伝ふる師は、君父にひとし。是、五倫を以て、天下の人をかねたり。五倫の道とは、孟子曰く、父子親有り。君臣義有り。夫婦別有り。長幼序有り。朋友信有り。これなり。父は子を愛するに、義理の教を以てし、子は孝を行ふに、其力をつくし、君は臣をあはれみ、臣は身を忘れて忠を尽し、夫は婦に義あり、婦は夫に従ひつかへ、長は幼を愛し、幼は長者にしたがひ、朋友は互に信ありて、善をすすめ悪をいさめ、相たすけて頼しげあるべし。是、五倫の道なり。人の道として行ふべきこと、此外にさらに無し。此外に道を求むるは、天地聖人の道にあらず。
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『大和俗訓』巻之一・為学上人倫とは君臣、父子、夫婦、長幼、朋友の五なり。是を五倫といふ。又五品とも云ふ。天下に人多しといへど、その品をわかてば、此五品の外にはいでず。五倫にまじはる道は、君は臣をあはれみ、臣は君に忠をつくすべし。父は子をいつくしみ、子は親に孝をつくすべし。夫は婦に礼義あり、婦は夫をうやまひて、和順なるべし。長者は幼をめぐみ、幼きは長者をうやまふべし。兄弟も長幼の内にあり。朋友は互にまことありてたのもしく表裏なかるべし。此五倫の道は、仁義礼智信の五常の性にしたがひて、人倫にまじはる時に行ひ出せるなり。わが本性の外に求むる道にあらず。
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