呻吟語 / 内篇・應務・量は六合の隘きを嫌ふ
量嫌六合隘,身負五岳輕。
新字:量嫌六合隘,身負五岳軽。
書き下し
量は六合の隘きを嫌ひ、身は五岳を負ふも輕し。
現代語訳
度量は天地四方でさえ狭いと嫌い、身は五つの霊山を背負っても軽いと思う。
解説
度量と力を、それぞれ極端な尺度で測ります。天地四方が狭いと感じる度量、五岳を背負っても軽いと感じる力。前の段の、地を背負い天を包むという対句と同じ系列にあります。応務篇の終わり近くに置かれた短い詩句で、志の大きさを一気に示す働きを持っています。実際の能力ではなく、構えの大きさを語った一段です。実際の能力ではなく、構えの大きさを語った一段です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
度量力六合五岳志
関連する章句
-
言志四録・言志後録 第五十五条 志気は鋭ならんことを欲す志気は鋭ならんことを欲し、操履は端ならんことを欲し、品望は高からんことを欲し、識量は豁ならんことを欲し、造詣は深からんことを欲し、見解は実ならんことを欲す。
-
『呻吟語』内篇・應務・吾が量は天を包まんと欲す力もて邱山を負ふも未だ雄と為すに足らず、地は萬山を負ふも、此の身は還た地を負ふ。量は滄海を包むも大と為さず、天は四海を包むも、吾が量は天を包まんと欲す。
-
『酔古堂剣掃』集醒・身は嚴重、意は閒定を要す身は嚴重なるを要し、意は閒定なるを要す。 色は溫雅なるを要し、氣は和平なるを要す。 語は簡徐なるを要し、心は光明なるを要す。 量は濶大なるを要し、志は果毅なるを要す。 機は縝密なるを要し、事は妥當なるを要す。
-
史記 晋世家二月辛丑、咎犯秦・晋の大夫と郇に盟ふ。壬寅、重耳晋の師に入る。丙午、曲沃に入る。丁未、武宮に朝し、即位して晋君と為る。是を文公と為す。群臣皆往く。懐公圉高梁に奔る。戊申、人をして懐公を殺さしむ。懐公の故の大臣呂省・郤芮本より文公に附かず。文公立ち、誅せられんことを恐れ、乃ち其の徒と謀りて公宮を焼き、文公を殺さんと欲す。文公知らず。始め嘗て文公を殺さんと欲せし宦者履鞮其の謀を知り、以て文公に告げて、前の罪を解かんと欲し、文公に見えんことを求む。文公見えず、人をして譲めしめて曰く、「蒲城の事、女予が袪を斬る。其の後我狄君に従ひて猟す。女恵公の為に来たりて我を殺さんことを求む。恵公女と期するに三日にして至れとす。而るに女一日にして至る。何ぞ速やかなるや。女其れ之を念へ」と。宦者曰く、「臣は刀鋸の余なり。敢て二心を以て君に事へ主に倍かず。故に罪を君に得たり。君已に国に反る。其れ蒲・翟無からんや。且つ管仲鉤を射て、桓公以て覇たり。今刑余の人事を以て告ぐるも君見えずんば、禍又且に及ばんとす」と。是に於て之に見ゆ。遂に呂・郤等を以て文公に告ぐ。文公呂・郤を召さんと欲す。呂・郤等は党多し。文公初めて国に入り、国人の己を売らんことを恐れ、乃ち微行を為し、秦の繆公に王城に会す。国人知る莫し。三月己丑、呂・郤等果たして反し、公宮を焚くも、文公を得ず。文公の衛徒与に戦ふ。呂・郤等兵を引きて奔らんと欲す。秦の繆公呂・郤等を誘ひ、之を河上に殺す。晋国復して文公帰るを得たり。夏、夫人を秦に迎ふ。秦の文公に妻す所の者卒に夫人と為る。秦三千人を送りて衛と為し、以て晋の乱に備ふ。文公政を修め、恵みを百姓に施す。従亡の者及び功臣を賞し、大なる者は邑を封じ、小なる者は爵を尊くす。未だ尽くは賞を行はざるに、周の襄王弟帯の難を以て出でて鄭の地に居り、来たりて急を晋に告ぐ。晋初めて定まり、兵を発せんと欲するも、他の乱の起こらんことを恐る。是を以て従亡を賞するに未だ隠者介子推に至らず。推も亦た禄を言はず、禄も亦た及ばず。
-
『酔古堂剣掃』集醒・內は精明にして外は渾厚好醜の心太だ明らかなれば、則ち物契はず。賢愚の心太だ明らかなれば、則ち人親しまず。須らく是れ內は精明にして、外は渾厚、好醜をして兩つながら其の平を得しめ、賢愚をして共に其の益を受けしむべし。纔かに是れ生成の德量なり。
-
『春秋左氏伝』僖公二十三年 天の興す所、誰か廃せん子玉之を殺さんと請ふ。楚子曰く、「晉の公子は廣くして儉、文にして禮有り。其の從者は肅にして寬、忠にして能く力む。晉侯親無く、外內之を惡む。吾聞く、姬姓は唐叔の後、其の後に衰ふる者なりと。其れ將に晉の公子に由らんか。天將に之を興さんとす、誰か能く之を廢せん。天に違へば必ず大咎有り」と。乃ち諸を秦に送る。秦伯女五人を納る、懷嬴與る。匜を奉じて沃盥す、既にして之を揮ふ。怒りて曰く、「秦・晉は匹なり、何を以て我を卑しむる」と。公子懼れ、服を降して囚す。他日、公之を享す。子犯曰く、「吾衰の文なるに如かず、請ふ衰をして從はしめん」と。公子《河水》を賦し、公《六月》を賦す。趙衰曰く、「重耳賜を拜せよ」と。公子降りて、拜稽首す。公一級を降りて辭す。衰曰く、「君天子を佐くる所以の者を稱げて重耳に命ず、重耳敢へて拜せざらんや」と。