徂徠先生答問書 / 卷中
一被仰聞候を承候へば、去々年之號令と違申候。此段如何可有御座候哉。民に信を失ひ候は惡敷御事に候。民上を信じ不申候へば、上に服せぬ物に候。又々だまされ候やと存候故、すなほに聞入不申、用心致しけすみ申候。民にけすみをつけ候ては、號令の行はるべき樣無御座候。民は賤きものに候へば如何樣にも畏入候を、上たる人は御存知不被成、心より畏り入ると思召候も、あまりに愚かなる事に候。孔子も輗軏の喩を被仰候。君も民に信ぜられ不申候へば、政は行はれ不申候。師も弟子に信ぜられ不申候ては敎は行はれ不申候。朋友の間、惣じて人と人との間は、うたがふを以てはなれ、信ずるを以て合申候事人情の常に候。聖人の道如此に候。以上。
新字:一被仰聞候を承候へば、去々年之号令と違申候。此段如何可有御座候哉。民に信を失ひ候は悪敷御事に候。民上を信じ不申候へば、上に服せぬ物に候。又々だまされ候やと存候故、すなほに聞入不申、用心致しけすみ申候。民にけすみをつけ候ては、号令の行はるべき様無御座候。民は賤きものに候へば如何様にも畏入候を、上たる人は御存知不被成、心より畏り入ると思召候も、あまりに愚かなる事に候。孔子も輗軏の喩を被仰候。君も民に信ぜられ不申候へば、政は行はれ不申候。師も弟子に信ぜられ不申候ては教は行はれ不申候。朋友の間、惣じて人と人との間は、うたがふを以てはなれ、信ずるを以て合申候事人情の常に候。聖人の道如此に候。以上。
書き下し
一被仰聞候を承候へば、去々年之号令と違申候。此段如何可有御座候哉。民に信を失ひ候は悪敷御事に候。民上を信じ不申候へば、上に服せぬ物に候。又々だまされ候やと存候故、すなほに聞入不申、用心致しけすみ申候。民にけすみをつけ候ては、号令の行はるべき様無御座候。民は賤きものに候へば如何様にも畏入候を、上たる人は御存知不被成、心より畏り入ると思召候も、あまりに愚かなる事に候。孔子も輗軏の喩を被仰候。君も民に信ぜられ不申候へば、政は行はれ不申候。師も弟子に信ぜられ不申候ては教は行はれ不申候。朋友の間、惣じて人と人との間は、うたがふを以てはなれ、信ずるを以て合申候事人情の常に候。聖人の道如此に候。以上。
現代語訳
お申し越しを承ると、一昨年の号令と違っています。これはいかがなものでございましょうか。民に信を失うのは悪いことです。民が上を信じなければ、上に服さないものです。また騙されるのかと思うので、素直に聞き入れず、用心して疑ってかかります。民に疑いの心を持たせては、号令が行われるはずはございません。民は身分が低いのでどのようにも恐れ入ってみせますが、上の人はそれをご存じなく、心から恐れ入っているとお思いになるのも、あまりに愚かなことです。孔子も輗軏(車の轅と横木をつなぐ留め具)の喩えをおっしゃいました。君も民に信じられなければ、政治は行われません。師も弟子に信じられなければ、教えは行われません。朋友の間、総じて人と人との間は、疑うことで離れ、信じることで合うのが人情の常です。聖人の道はこのようです。以上。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・信一信は身を修るのみならず、人を治め、国をたもつの要なり。信なければ、人したがはず。むかし子貢、孔子に国の政をとふ。孔子曰、食を足し、兵を足し、民信之。此意は、国ををさむるに、第一には、食のやしなひ無ければ、民命つづかず。第二、武のそなへなければ、国土の守なく、敵にあなどり攻められて、民をやすんじ、国を守る事あたはず。第三、上の心に信なければ、民たる者、上を信ぜず。下知法度を出して信なければ、法やぶれて行はれず。民上を信ぜざれば、上につかふるに、真実の道なし。凡此食と兵と信と、三の者は、一もなくてかなはず。子貢又問うて曰必やむことを得ずして、此三の内、一をすてば、何をか先にすつべきや。孔子こたへて曰、兵をすつべし。
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『五常訓』巻之五・信如何となれば、食と信と有之、兵粮たくさんにて、士卒万民上に思ひつかば、兵なくとも、国を守ること堅固なるべし。子貢又問へり。食と信との二の内、やむことを得ずして、一をすてば、何をか先にすつべき。答へて曰、食をすつべし。食なければ民死す。然れども、信なくて生きんよりは、城を枕にして、うゑ死し、討死したらんこそ、本意なるべけれ。古より、死は人の常なれば、うゑて死すとも力およばず。人もし信を失へば、人道たたず。かひなき命を生たりとも、人となるの理亡びなば、恥づべきの甚しきなれば、道ありて死したるには、遥かに劣るべし。もし信なくて、士卒万民上にしたがはず、思ひつかずば、兵糧たくさんにして、莫大の軍勢ありとも、用にたつべからず。
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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