徂徠先生答問書 / 卷中
一被仰聞候趣全體便利を先とし流通を專らに被成候。至極よき御了簡にて又及ぶ人も無之相見え候得共、大きに道に違候事に候。便利を先として、何事も滯さしつかへなくさばき候事、當分は才幹の樣に相見え候へ共、深遠の思無之候故、後道の害多御座候。如是仕候へば、畢竟の所。末々の成行は見えぬ物にて候。智に似て愚の至と可被思召候。流通を專らに仕候へば、商人に制せらるゝ物にて候。流通は天性商人の職分に備りたる道に候ゆへ、諸侯の力にても商人には不及候。是によりて流通を專らに仕候得ば、財用の權は必商人の手に落候と可被思召候。皆々當座の便利を御好み被成候所より起り申候。一層深遠の思を加へ申度事に存候。以上。
新字:一被仰聞候趣全体便利を先とし流通を専らに被成候。至極よき御了簡にて又及ぶ人も無之相見え候得共、大きに道に違候事に候。便利を先として、何事も滞さしつかへなくさばき候事、当分は才幹の様に相見え候へ共、深遠の思無之候故、後道の害多御座候。如是仕候へば、畢竟の所。末々の成行は見えぬ物にて候。智に似て愚の至と可被思召候。流通を専らに仕候へば、商人に制せらるゝ物にて候。流通は天性商人の職分に備りたる道に候ゆへ、諸侯の力にても商人には不及候。是によりて流通を専らに仕候得ば、財用の権は必商人の手に落候と可被思召候。皆々当座の便利を御好み被成候所より起り申候。一層深遠の思を加へ申度事に存候。以上。
書き下し
一被仰聞候趣全体便利を先とし流通を専らに被成候。至極よき御了簡にて又及ぶ人も無之相見え候得共、大きに道に違候事に候。便利を先として、何事も滞さしつかへなくさばき候事、当分は才幹の様に相見え候へ共、深遠の思無之候故、後道の害多御座候。如是仕候へば、畢竟の所。末々の成行は見えぬ物にて候。智に似て愚の至と可被思召候。流通を専らに仕候へば、商人に制せらるゝ物にて候。流通は天性商人の職分に備りたる道に候ゆへ、諸侯の力にても商人には不及候。是によりて流通を専らに仕候得ば、財用の権は必商人の手に落候と可被思召候。皆々当座の便利を御好み被成候所より起り申候。一層深遠の思を加へ申度事に存候。以上。
現代語訳
お申し越しの趣旨は、全体として便利を先とし、流通を専らにされるということです。至極よいお考えで、また及ぶ人もないように見えますが、大いに道に違っています。便利を先として何事も滞りなく差し支えなくさばくことは、当座は才幹のように見えますが、深く遠い思慮がないので、後に道の害が多いのです。このようにすれば、結局のところ、末々の成り行きは見えないものです。智に似て愚の極みとお考えください。流通を専らにすれば、商人に制せられるものです。流通は生まれつき商人の職分に備わった道ですから、諸侯の力でも商人には及びません。それゆえ流通を専らにすれば、財用の権は必ず商人の手に落ちるとお考えください。すべて当座の便利をお好みになるところから起こるのです。もう一段深く遠い思慮を加えていただきたいと存じます。以上。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
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『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。
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