慎思録 / 巻之六
爲君爲吏者。對卑賤之人。嚴威過高。則勢分相隔絕。在下者。不得盡其情。而下情不達。不能詳其利害。苟溫顏受言。則下情通。大率爲政之道。以通下情爲善。
新字:為君為吏者。対卑賤之人。厳威過高。則勢分相隔絶。在下者。不得尽其情。而下情不達。不能詳其利害。苟温顔受言。則下情通。大率為政之道。以通下情為善。
書き下し
君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。
現代語訳
君主や役人が身分の低い人に対して、威厳が厳しすぎ高すぎると、立場の隔たりが大きくなって、下の者は心情を尽くして言うことができず、下々の実情が上に届かず、その利害を詳しく知ることができません。もし穏やかな顔で言葉を受け入れれば、下々の実情が通じます。おおよそ政治の道は、下々の実情を通じさせることを善しとするのです。
解説
上に立つ者が威厳を張りすぎると下の声が届かなくなり、政治の要である実情把握ができなくなると説く条です。「下情上達」は中国の政治論で繰り返し説かれた理想で、益軒も福岡藩の儒者として民の実情を知る大切さを説きました。『君子訓』など為政者向けの著作にも同じ趣旨が見えます。管理職や経営者が現場の本音を知りたいなら、まず自分の表情と受け答えを和らげることです。怖い上司には悪い知らせが最後まで届きません。
この章句が説くこと
政治下情威厳傾聴組織
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