徂徠先生答問書 / 卷上
一再三被仰聞候趣致承知候。如何樣にも只今迄の御學問邪魔に成候て御了簡も付不申と存候。前書申進候趣は、數百年來の儒者の誤候處にて御座候得ば、容易には御得心も出來申間敷候間。今一往根元の處より具に可申述候。堯舜禹湯文武を古の聖人と申候。皆古の人君にて御座候。道と申候は、天下國家を平治可被成候爲に、聖人の建立被成候道にて候。是を天地自然の道と見申候事は、元老莊の說より起り申候事にて、儒書には無之事に候。尤聖人の廣大甚深なる智慧にて、人情物理にさかはぬ樣に御立候へば、無理なる事は毫髪も無之候へども、聖人出給はぬ以前より、天地に自然と備はり有之候道理にて今日の人も我心に立歸り求め候へば、をのづから見え申候事と說候は誤りにて候。
新字:一再三被仰聞候趣致承知候。如何様にも只今迄の御学問邪魔に成候て御了簡も付不申と存候。前書申進候趣は、数百年来の儒者の誤候処にて御座候得ば、容易には御得心も出来申間敷候間。今一往根元の処より具に可申述候。堯舜禹湯文武を古の聖人と申候。皆古の人君にて御座候。道と申候は、天下国家を平治可被成候為に、聖人の建立被成候道にて候。是を天地自然の道と見申候事は、元老荘の説より起り申候事にて、儒書には無之事に候。尤聖人の広大甚深なる智慧にて、人情物理にさかはぬ様に御立候へば、無理なる事は毫髪も無之候へども、聖人出給はぬ以前より、天地に自然と備はり有之候道理にて今日の人も我心に立帰り求め候へば、をのづから見え申候事と説候は誤りにて候。
書き下し
一再三被仰聞候趣致承知候。如何様にも只今迄の御学問邪魔に成候て御了簡も付不申と存候。前書申進候趣は、数百年来の儒者の誤候処にて御座候得ば、容易には御得心も出来申間敷候間。今一往根元の処より具に可申述候。堯舜禹湯文武を古の聖人と申候。皆古の人君にて御座候。道と申候は、天下国家を平治可被成候為に、聖人の建立被成候道にて候。是を天地自然の道と見申候事は、元老荘の説より起り申候事にて、儒書には無之事に候。尤聖人の広大甚深なる智慧にて、人情物理にさかはぬ様に御立候へば、無理なる事は毫髪も無之候へども、聖人出給はぬ以前より、天地に自然と備はり有之候道理にて今日の人も我心に立帰り求め候へば、をのづから見え申候事と説候は誤りにて候。
現代語訳
一、再三お申し越しの趣、承知いたしました。どうやら、これまでのご学問が邪魔になって、ご納得がいかないのだと存じます。前の書で申し上げた趣旨は、数百年来の儒者が誤ってきた所ですから、容易にはご得心もいかないでしょう。そこでもう一度、根本の所から詳しく申し述べます。堯・舜・禹・湯・文王・武王を古の聖人と申します。みな古の君主です。道というのは、天下国家を平らかに治めるために、聖人が打ち立てられた道です。これを天地自然の道と見るのは、もともと老荘の説から起こったことで、儒教の書にはないことです。もっとも、聖人の広大で深い知恵によって、人の情や物の理に逆らわないようにお立てになったので、無理なことは毛筋ほどもありませんが、聖人が出られる以前から天地に自然と備わっていた道理であって、今日の人も自分の心に立ち返って求めればおのずと見えてくる、と説くのは誤りです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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『講孟余話』盡心下 第三十八章但だ三代以上は道天子に在り、故に道を伝ふると云ふも、大氐礼楽制度なり。礼楽制度は道の文に顕るる者なり。故に堯・舜・禹の如く聖々相承くる者は、別に礼楽制度を論ずるを待たず、唯だ精一の訓あるのみ。殷周易代の際に当りては、前王の礼楽制度に因りて其の道を伝ふるのみにて、別に精一等の口授をすべき様なし。然れども道已に其の中に充ちて其の外に顕るるなり。周衰へて孔孟起り、君相の位なければ、礼楽制度を以て道を伝ふること能はず、徒に仁義道徳を誦して伝ふる迄なり。孟子死後其の伝を得ずとは雖も、荀卿・揚雄・王通・韓愈、宋の周・程・張・朱の如き、皆伝ふる所なしと云ふべからず。其の他漢の司馬遷・劉向、唐の柳宗元、宋の欧陽脩の如き、皆肩を比して相下らず。然れども後世事愈々繁く、論愈々密に、道愈々分るるの弊を免れず。向に周の亡びて秦の天子たるや、悉く三代の礼楽制度を除去し、刑法律令を以て天下を制す。秦自ら滅絶して以来、漢の高祖・光武、唐の太宗、宋の芸祖、明の太祖の如き、千古の英雄一世の聖賢と雖も、其の刑法律令は大氐秦の故に因る。又頗る周の礼楽制度を交へて是れを文飾す。然れども刑法律令は自ら刑法律令、礼楽制度は自ら礼楽制度にて、道の其の中に充実し、外に発越するを見ず。是に於て仁義道徳、已に儒者の私有となり、人君徒に刑法律令礼楽制度の虚名を擁するのみとはなれり。然れども人君儒者、真に憂ひを茲に担ひて其の分裂を傷む者は、明君通儒となることを得、然らざる者は、庸君迂儒たるのみ。
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『弁道』第三則道とは統名なり。礼楽刑政凡そ先王の建つる所の者を挙げて、合はせて之に命くるなり。礼楽刑政を離れて別に所謂道なる者有るに非ざるなり。曰ふが如し、「賢者は其の大なる者を識り、不賢者は其の小なる者を識る。文武の道有らざること莫し」と。又た武城の絃歌の如き、孔子に牛刀の誚り有り、而して子游君子小人の道を学ぶを引く。見るべきのみ。孔安国の註に、「道は礼楽を謂ふなり」と。古時の言語、漢儒猶ほ其の伝を失はざるかな。
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『徂徠先生答問書』卷下士大夫たる人も、君を輔て国天下を治むる手伝をする人なれば、聖人の道を知らずして、尸録の譏免れがたく候故道をば学び候。只我身ひとつを仏にも聖人にもなすといふ様なる物ずき成事にては無之と可被思召候。其上聖人に成得れば国天下はをのづから治まるといはゞ、君を輔相せんに其君を聖人に成得んと思ふ内に、年も老日も暮れて、国天下は何れの日にか平治すべく候や。宋儒有体而無用といへる譏も、其学術の誤より出たる事にて、遁るゝに所なく候。能く御思慮可被成候。畢竟国天下を治候仕様を道といふと申候事を嫌ひ候心根は、礼楽刑政を粗迹と見て、道は一段精微なる物と思ふ所病根に候。道は精粗もなく本末もなく、一以貫之候。然るに精を貴んで粗を賤んずるは仏老の緒余に候。此所大切の分れめに候。
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老子 第1章道たる可く道も、常の道に非ず。名たる可く名づくるも、常の名に非ず。名無くして天地の始まり、名有りて萬物の母。故に常に欲無くして以てその妙を観、常に欲有りて以てその窮を観。此二つは、同じく出でて異なる名、同じく之を玄と謂う。玄の又玄、衆妙の門なり。
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論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
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