朱子家訓 / 勿營華屋
勿營華屋,勿謀良田。
新字:勿営華屋,勿謀良田。
書き下し
華屋を営むこと勿かれ、良田を謀ること勿かれ。
現代語訳
立派な豪邸を建てようとしてはいけません。広く肥えた良い田畑を手に入れようと企んではいけません。
解説
わずか八字の短い条ですが、住まいと土地という当時の富の象徴に対する戒めがはっきり表れています。華やかな家屋と肥沃な田畑を求める心は、満足を知らず、他人との比較や強欲に結びつきやすいものです。「謀る」の語には、手段を選ばず得ようとする含みがあり、単なる所有ではなく欲の追い方を問題にしています。現代で言えば、見栄のための拠点拡大や、身の丈を超えた投資、規模ありきの拡張にあたります。自分の事業や暮らしに本当に必要な大きさを見極める目が求められます。
この章句が説くこと
華屋良田営む謀る強欲身の丈
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