家道訓 / 巻之五・用財中
衣食家居器物の美をこのまず、物ずきをこのまず。氣に合はざるとてかるがるしく改め作らず、營作をこのまず、無用の器物をこのまず、無益の藝能をこのまず、およそこのむ事すくなし。このむ事すくなきは、則是わざはひを好まざるなり。斯くのごとくなる人は、必ず人のいさめをよく聞き用ひてふせがず、
新字:衣食家居器物の美をこのまず、物ずきをこのまず。気に合はざるとてかるがるしく改め作らず、営作をこのまず、無用の器物をこのまず、無益の芸能をこのまず、およそこのむ事すくなし。このむ事すくなきは、則是わざはひを好まざるなり。斯くのごとくなる人は、必ず人のいさめをよく聞き用ひてふせがず、
書き下し
衣食家居器物の美をこのまず、物ずきをこのまず。気に合はざるとてかるがるしく改め作らず、営作をこのまず、無用の器物をこのまず、無益の芸能をこのまず、およそこのむ事すくなし。このむ事すくなきは、則是わざはひを好まざるなり。斯くのごとくなる人は、必ず人のいさめをよく聞き用ひてふせがず、
現代語訳
衣食や住まい、道具の美しさを好まず、物好きをしません。気に入らないからといって軽々しく作り替えたりせず、普請を好まず、無用の道具を好まず、役に立たない芸能を好まず、およそ好むことが少ないのです。好むことが少ないのは、すなわち災いを好まないということです。このような人は、必ず人の忠告をよく聞き入れて拒みません。
解説
富む人の姿の続きで、前段の「このみ多きは、わざはひを好むなり」をちょうど裏返し、「このむ事すくなきは、わざはひを好まざるなり」と結びます。飾りや普請、無用の道具への執着を持たないことが、そのまま家を守る力になるという考えです。忠告をよく聞くという一文も、貧しくなる人の「いさめを嫌ふ」と対になっています。物を増やさず、気まぐれに作り替えないという心がけは、今でいう身の丈に合った暮らしや、衝動買いを控える家計の知恵にあたるでしょう。
この章句が説くこと
欲質素忠告家好み
関連する章句
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