春秋左氏伝 / 哀公十七年 衛の荘公の最期
十一月。衛侯自鄄入。般師出。初。公登城以望。見戎州。問之。以告。公曰。我姬姓也。何戎之有焉。翦之。公使匠久。公欲逐石圃。未及而難作。辛巳。石圃因匠氏攻公。公闔門而請。弗許。踰于北方而隊。折股。戎州人攻之。大子疾。公子青。踰從公。戎州人殺之。公入于戎州己氏。初。公自城上。見己氏之妻髮美。使髡之。以為呂姜鬄。既入焉。而示之璧。曰。活我。吾與女璧。己氏曰。殺女。璧其焉往。遂殺之。而取其璧。衛人復公孫般師而立之。
新字:十一月。衛侯自鄄入。般師出。初。公登城以望。見戎州。問之。以告。公曰。我姫姓也。何戎之有焉。翦之。公使匠久。公欲逐石圃。未及而難作。辛巳。石圃因匠氏攻公。公闔門而請。弗許。踰于北方而隊。折股。戎州人攻之。大子疾。公子青。踰従公。戎州人殺之。公入于戎州己氏。初。公自城上。見己氏之妻髪美。使髡之。以為呂姜鬄。既入焉。而示之璧。曰。活我。吾与女璧。己氏曰。殺女。璧其焉往。遂殺之。而取其璧。衛人復公孫般師而立之。
書き下し
十一月、衛侯、鄄より入る。般師出づ。初め、公、城に登りて以て望み、戎州を見る。之を問ふ。以て告ぐ。公曰く、「我は姬姓なり。何の戎か焉に有らん」と。之を翦る。公、匠を使ふこと久し。公、石圃を逐はんと欲す。未だ及ばずして難作る。辛巳、石圃、匠氏に因りて公を攻む。公、門を闔ぢて請ふ。許さず。北方に踰えて隊ち、股を折る。戎州の人之を攻む。大子疾・公子青、踰えて公に從ふ。戎州の人之を殺す。公、戎州の己氏に入る。初め、公、城上より己氏の妻の髮の美なるを見、之を髡らしめて、以て呂姜の鬄と為す。既に焉に入りて、之に璧を示して曰く、「我を活かさば、吾、女に璧を與へん」と。己氏曰く、「女を殺さば、璧其れ焉くにか往かん」と。遂に之を殺して、其の璧を取る。衛人、公孫般師を復して之を立つ。
現代語訳
十一月、衛侯(荘公)が鄄から都に入り、般師は出ていった。これより先、公は城壁に登って眺め、戎州(戎人の集落)を見た。あれは何かと尋ねると、戎の集落だと答えた。公は「われらは姫姓の国だ。どうして戎などがここにいるのか」と言って、その集落を取り壊した。また公は工匠たちを長く働かせて休ませなかった。公は石圃(せきほ、衛の卿)を追放しようとしたが、それを果たさないうちに難が起こった。辛巳の日、石圃は工匠たちを味方にして公を攻めた。公は門を閉ざして許しを請うたが、聞き入れられなかった。北の城壁を越えて逃げようとして落ち、股の骨を折った。戎州の人々が公を攻めた。太子疾と公子青が城壁を越えて公に従ったが、戎州の人々は二人を殺した。公は戎州の己氏(きし)の家に逃げ込んだ。かつて公は城の上から己氏の妻の髪が美しいのを見て、それを剃らせて、夫人の呂姜のかもじにしたことがあった。その家に入ると、公は璧(玉)を見せて言った。「私を助けてくれれば、おまえにこの璧をやろう」。己氏は言った。「おまえを殺せば、その璧はどこへ行くというのだ」。そして公を殺して、その璧を奪った。衛の人々は公孫般師を呼び戻して君に立てた。
解説
この章句が説くこと
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説苑・說叢夫れ水は山に出でて海に入り、稼は田に生じて廩に藏す。聖人は生ずる所を見れば則ち歸する所を知る。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、抑、因果とて、よきあしき時のあるも、公案を尽して見るに、ただめづらしき、めづらしからぬの二つなり。おなじ上手にておなじ能を、昨日今日見れども、おもしろやと見えつる事の、今またおもしろくもなき時のあるは、昨日おもしろかりつる心ならひに、今日はめづらしからぬによりて、わるしと見るなり。その後またよき時のあるは、先にわるかりつるものをと思ふ心、まためづらしきに還りて、おもしろくなるなり。されば、この道をきはめをはりて見れば、花とて別にはなきものなり。奥義をきはめて、よろづにめづらしき理をわれと知るならでは、花はあるべからず。経にいはく、善悪不二、邪正一如とあり。本来より、よきあしきとは何をもて定むべきや。ただ時によりて用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。この風体の品々も、当世の衆人諸所にわたりて、その時のあまねき好みによりて取出す風体、これ用足る為の花なるべし。ここにこの風体をもてあそめば、かしこにまた余の風体を賞翫す。これ、人々心々の花なり。いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて花と知るべし。
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